豊かな「日常生活」の弾力性を取り戻すために
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1983年岩波現代選書から刊行されたものの文庫化。なお現代選書版第III章「『源氏物語』の文化記号論」は同じく岩波現代文庫「天皇制の文化人類学」V章に所収のため本書では割愛され、また著者による岩波現代文庫版まえがきが付加されている。
本書には著者の70年代末から80年代初めの諸論が納められており、「第1巻の理論的観点に対して、第2巻では、政治、パフォーマンス、文体、女性、裸婦、足、書物のメディア性といった如く具体的事物を多く語っている」(文庫版まえがきp.vii)。
また著者は「私の研究分野を時期的に区切ってみると、(1)道化の民俗学に熱中した時期、(2)文化と両義性の問題にかかわり合った時期、(3)日本近代の問題に専念し、旧幕臣および敗者の力について論じることが多かった時期の三期に区分出来る」(p.iii)と述べているが、本書では主として(2)から(3)へと向かう時期における著者の思想的展開を見ることが出来る。
本書を通じて、文化における排除の論理や攻撃誘発性(vulnerability)あるいはスケープゴートの問題等の主題は、時代と場所をを超えて常に普遍的に存在するものであること、特にこの近年の日本においてますます重要な課題となっていることを改めて思い起こさせられた。
本書1巻VI章「ヴァルネラビリティについて」で述べられている「『日常生活』の豊かさとは何か。それは、我々がアイデンティティを確立するために、必然的に分泌する影としてのヴァルネラブルな存在を否定せずに、それらの影と対話し、ときにはその影に魅せられ呑み込まれることを怖れず、それらとの対話を通して、我々自身の『日常生活』を動脈硬化から救うことである」(pp.263-264)という一文は、今日の日本社会の「貧血状態の日常生活」、あるいは「『日常生活』の弾力性の欠如」に対する警鐘かつ処方として、特に印象に残った。