記号論による、文化・社会についての広範な分析
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1975年に岩波書店から刊行されたものの文庫化。
「『文化と両義性』はそれゆえ、文化の様々の局面での異(=外部性)の問題を論じる試みであった」(本書「岩波現代文庫版のためのまえがき」より引用)とあるとおり、著者の70年代における主要な研究テーマであった「中心と周縁」概念について、社会・文化の広範な領域に関して記号論的に論じている。
第1章では、風土記の中に記された、「周縁」の再生産のメカニズムについて論じている。
第2章では、リグ・ヴェーダ、ギリシア神話、新約聖書等を題材にして、普遍的な「神話思考における負の価値の発生論的形態」すなわち昼と夜との争闘神話の発生メカニズムについて触れ、文化の中でいかにして「「否定的」な存在を媒介として「秩序」が確証される」かについて論じている。
第3章では記号論の見地から、秩序と混沌とを分ける「境界」の創出過程について論じた上で、その境界を明確にするために、攻撃誘発性(ヴァルネラヴィリティー)を付与された「異人」に関して考察している。
第4章では種々の民族誌的研究から、文化の現実的側面(プラクシス)において「異和性」はどのように捉えられているかについて論じている。
第5章ではA.シュッツの現象学的社会学について触れつつ日常世界の多義性について考察している。
第6章は再び記号論の見地から、社会を構成する「中心」と「周縁」という構造について分析し、中心の「象徴論的次元における周縁との緊張関係」について論じている。
第7章では、現代における両義性を取り戻す試みとしてのロシア・フォルマリズムについて論考している。
本書は初出後30年を経ていることになるが、その分析の先鋭性は今なお失われていないと感じられる。むしろ一面的な価値観による支配が急速に進む、今日のグローバリぜーションの状況において、著者の主張する「多義性」の復権はより重要性を増しているのはないかと思われる。