モノと人のあいだに生まれる倫理
★★★★★
「苦い薬がおいしく飲める」と言ってくれたことが職人冥利に尽きる、と語る北砂の江戸切子職人。売れないのは守護霊が守ってくれたのだ、売れると作りすぎて体を壊す、そう思わなくちゃ、と尾久の桐箪笥職人。
人が自然の材料からモノをつくり、そのモノを誰かに提供する。そこでうまれる試行錯誤や智慧のことを、倫理と呼んでいいはずだろう。何々はかくあるべし、と声高に叫ぶ人はいない。けれども、良質な倫理をこの本から学ぶことはできるはずだ。
彼らはアーティストではないから、いい客に売れるということ以上の評価を求めていない。足立の鋏職人はこう言う「評価されるというのはこわいんです。それ以下のものは作れないから」。
マスコミは評価するしかないけれど、こういう緊張感こそ彼らの倫理を支えている。
付言しておきたいのは、この本の元となった、失礼ながら実に地味なラジオ番組はINAXが協賛したものだ。どこもエコで企業イメージを向上させようとしているが、日本の製造業が高品質である背景には、本書のような無名の職人を生む文化と歴史がある。企業が社会的責任を果たすなら、そこに光を当てるのも一つの使命だと思う。
職人さんへ温かい眼差しでインタビュー
★★★★★
古来「手に職をつける」という言葉がある。本書は東京に住む20人の職人さんを訪ね、その人がいかにして手に職をつけたかを聞かせてもらっている。
例えば、指物師の木村正さんを下谷に訪ねている。
「六歳のときに原爆にやられた。それで父と母と姉はしんじゃったの。こんな話、娘たちにもしたことないよ…」と身の上話も聞いてあげる。「…そういう注文をこなしながらも、自分でデザインしたり、アイディアを考えて、展示会へ出す作品も用意する。これがまた楽しいわけでね」というような苦労しながらも仕事に生きがいを感じて働いている姿を見て取っている。
子供の頃から手芸が好きだった江戸刺繍の竹内功さん(千住)。こんなのできないかと言われて作るのが楽しいと言う手植ブラシの宮川彰男さん(浅草)。店を守り味の伝統を守りそして町の風景を守っている佃煮の金子誠さん(日暮里)。
なぜその職人になったのか、どうやって一人前になったのか、仕事のどこが大変か、どんな人生観を持っているのかなど、著者は温かい眼差しでこれら職人さんにインタビューしており、その人間性に共感できる。
職人、かく語りき
★★★★★
衣食住すべての生活様式が変わり、また石油化学産業の勃興により一部は産業化された商品に置き変わり、激減した職人の世界。
本書は、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』編集人の森まゆみ氏による、東京近郊の職人さんを「サウンド オブ マイスター」(文化放送の番組)の一コーナーとして、その仕事場に訪ねた記録です。
20人の職人さんが特に構えることも無く、それぞれの仕事の内容と職人となったきっかけ、そして後継者とその職の行く末に付いて淡々と語る。
職人さんの技や職人を必要とした江戸・東京の下町の生活も勿論興味深いが、一人ひとりの職人さんの生き方が垣間見える記述が楽しい。
ラジオ番組のコーナー企画であるだけに、活字になった本書から仕事場の音と職人の語り口を想像することは困難である点が残念である。