松本清張の真骨頂が味わえる作品集
★★★☆☆
本書は昭和35年「週刊朝日」に連載された中編『濁った陽』と、昭和37年から昭和63年まで、いろんな小説月刊誌などに掲載された3つの短編、1つの掌編からなっている。
『濁った陽』は、ある汚職事件で鍵を握るとされていた実務の責任者、K課長補佐の自殺事件とその未亡人を追いかけるという、著者お得意(?)のパターンで始まるストーリーである。劇作家・関京太郎とその弟子・森沢真佐子が、ふとしたきっかけで、素人探偵として行動する、ユニークな体裁をとっている。ふたりは未亡人のその後の動向調査を続けるうちに、汚職やK課長補佐の自殺事件の黒幕とその愛人の存在に行き着くが、そこで新たな、殺人の疑惑のある自殺事件が起こる。こちらの事件は関が、犯人が工作したアリバイトリックを見破ってゆく「本格」風味となっていて、大変興味深い。しかし、そこで紙面が尽きて結末となってしまい、肝心の汚職事件とK課長補佐の自殺事件・こちらの方の殺人疑惑とが、あいまいなまま終わっているところが惜しいと思った。
表題作『断崖』は、老人の性の問題を取り上げた、なんとなく残酷な物語。
『よごれた虹』は、長い手紙文スタイルの、ある地方都市の「戦後史の黒い霧」を描いたノンフィクション物のような作品。
『粗い網版』は新興宗教を扱い、それを追い詰めてゆくA特高課長の執念の物語。
いずれもバラエティーに富んでいて、今まで文庫などに収録されていなかったのが不思議なくらいの秀作がそろっていた。