ナンシーだけが見える「社会」
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「何かを盲目的に信じている人にはスキがある。自分の状態が見えていないからだ。しかしその信じる人たちの多くは、日常生活において、そのすきをさらけ出すことを自己抑制し、バランスを保っている。だが、自己抑制のタガを外してしまう時と場所がある。それは、同じものを信じる“同志”が一堂に会する場所に来た時だろう。全員が同じスキを持っているという安心感が、彼らを無防備にさせるのだ」(P11)
私たちは、簡単に「変な」人びとを笑う。自分の中の絶対的な常識を唯一絶対の根拠として。でも、彼らの「変さ」を私たちの常識が保証してくれるとしたら、私たちの「常識」は誰が保証してくれるのだろうか。
ナンシー関の本を読んでこんなことを考えても仕方がないのだけれど、「80年出自の価値相対主義思想のその最良の部分(By大月隆寛)」である彼女の最高傑作である本書は、そんなことを考えさせずにはおれない。例えば、次の雅子妃のご成婚パレードという「信仰の現場」を見ての記述。
「思うのは、『主流(流行、とも言い換えられる)に乗る』ことに対する抵抗感の消失の見事さである。抵抗感の有る無し、へそ曲がりと素直、どちらがいいといってるのではない。今の『主流に乗る』若者の何も考えてなさ加減と同じように、10年前の若者の『(とりあえず)主流を拒否する』も実は考えなんか無かったような気もするし。
パレードの沿道で日の丸を打ち振り『雅子様ー』と叫ぶことは彼らにとってはただの主流なのだろう。
沿道に馳せ参じて日の丸を振り歓声を上げることを『ニュートラル』とするマスコミが作ったバランスに対して、私にとってのニュートラルは“パレードなんかは見に行かないこと”だ」(P146)
テレビや庶民文化を対象とする評論家は多いが、彼らの評論が知識や教養や常識を背景として「もの申す」型である限り、絶対にこのような指摘はなされないだろう。
バカで通俗なそのテレビと同じ空気を吸い、同じ場に生きている自分も共にひっくるめて眺める。そんな風に「何かを盲目的に信じているスキ」を自分の中に認識することから見えてくる「社会」もある。
私はそんなことをナンシー関から教わってきた。
猛烈に面白い
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ナンシー関が「信仰の現場」に潜入し、記事を書いたのは平成三年から平成六年のことであるが、どれも今読んでもめっぽう面白い。それはなんといってもいつの時代も存在する「すっとこどっこい」な人たちの本質をつかんでいるからだろう。
「すっとこどっこい」を探知する能力、本質を透徹する目、的確でなおかつ面白く表現する筆力、どれをとっても最高である。添えられている下手くそな写真(ピントが合ってなかったりそもそも何が映ってるのか不明だったり)も可笑しいし、ナンシー関がそういった現場に潜入している場面を想像するだけで可笑しい。
まあとにかく面白いの一言に尽きる。私が本書を入手したのが半年くらいまえ、もうかれこれ五回くらい読んでいるが、やっぱり面白いのである。
時代は変われど・・・
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彼女のブラックペッパーを効かせたような文章は、釣りバカ日誌のように大爆笑の渦にまきこまれることはないが、まるでエロ小説を読んでいるおっさんのようにニヤニヤさせられっぱなしである。
著者が故人となっても、年輩のご婦人に人気な辛口トークの芸能人が毒蝮三太夫から綾小路きみまろにかわっても、漢字4文字の銀行が第一勧業から三井住友に変わっても、古さを感じさせない。
立派なドキュメンタリー
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テレビ批評家・消しゴム版画家として有名な彼女であるが、
その審美眼は、テレビの中の1タレントだけではなく、
我々が生活する、世の中の様々な現象ー社会全体に及んでいたのだと認識できる一冊。
日常の中の小さな「なぜ?」に、鋭い分析力と、的確な文章表現で、彼女は答えを示してくれる。
人間の種類分けできないような、細やかなメンタリティをすくいとり、
わかりやすく説明してくれる点において、彼女は間違いなく天才であり、
唯一無二の人であった。
文章を中心に活躍された彼女だが、その決してブレない視点を元に、
ぜひビデオカメラを持って、ドキュメンタリー作品なども撮って欲しかった。
マイケルムーアなんて全然目じゃないと思う。
すっとこどっこいは今も増殖中。
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私も宗教にツッコミを入れたものと誤解して最後に残してしまったのだが、
内容に宗教についてのものは無かった。
「公団建て売り抽選会場」のような場所に集う目の色を変えた人々とそれを受け入れる側を
観察するシリーズなのだが、素晴らしい出来、たいしたものである。
TV・タレント批評とともに大きな柱になりうる質の高い文章の数々。
TV関係ではどうしても登場人物が類似したタイプのタレントになってしまい
同一人物の再々登場もあり、同じ主題をちがう言い回しで斬る場合も多々有ったが、
こちらは場所も異なれば、集うすっとこどっこいのキャラも千差万別で、
めくるめくナンシー・ワールドが楽しめる。
恐らく出不精であっただろう彼女が、排他的で通常足を踏み入れにくい現場までおもむき、
こっそり写真まで撮ってくる。大サービスである。プアな画像がまた良い味を出している。
TV関係とは違い、若い人が対象物を知らないということも少ないので陳腐化を逃れられる。
この24の現場でシリーズは完結しているのが、本当に残念。もっと読みたいの一言。
個人的には、「非一流大学入試合格者発表」が一番楽しめた。
NHK教育に消しゴム版画の先生としてまじめに出演していた彼女が思い出だされる。