フェイクについての副読本。
★★★☆☆
同社の別冊は、フェイクや裏話についてかなり辛辣で、業界関係者からは噴飯物であろう。
よって『週プロ』に広告すら載らない。
それと同列に考えて読み進んだが、フェイクについて時系列に追われてはいるものの、身を乗り出すほど興味をそそられるようなネタも、別冊での原田久仁信氏の再現劇画的面白さも欠けており、何を今更といった読後感を持った。
アメリカでは、プロモーターの力が日本とは比べものにならぬほど強く、興行、つまりいかに銭を儲けるかにのみ全てが集中され、客を呼べない・マッチメーカーの指示に従わない・プロの仕事が出来ない選手は早々に捨てられる。
その一点を追求し続けたからこそ、WWEはメジャーな企業となった。
日本では、ゴッチや新日本のような勝負論が幅をきかせるようになったのと、それを消さないような努力が足りず、あぐらをかき続けた為、格闘技と並び立つ事もなく衰退してしまった。
観客の“ショー”を楽しむ姿勢が未熟だと嘆いても仕方がない。
そのような観客をリードしてきたのもまた、業界なのだから。
思えばドキドキするようなアングルに、近年遭遇していない。
先の見えるそれでなく、一般紙も騙されるされる様なものを創り出すアイディアマンの登場を切望する。
惚れた人
★★★★☆
プロレスの裏を語る事にタブーが少なくなった今の時代にプロレスファンの力道山時代からアメリカ駐在員に見たプロレスの仕組み、UWFに思った事、各レスラーのエピソードなどを語りつつ、今後のプロレスへの提言、今も有料サイトで記事を書いている著者ですので、昭和ファンには再発見が在る様に思えます。
最後はファイト記者らしく猪木選手に対する強い思いが感じられます。
看板倒れのような……?
★★☆☆☆
「つくりごと」の世界に生きて―タイトルを見れば誰でも関心を抱くだろう。
映画「ザ・レスラー」の読み物版を期待するところ。
しかし、どちらでもないのだ。
暴露でもなければ、擁護でもない。ヒューマンドラマでもない。だから、中途半端。
単に井上氏の自叙伝になっている。
そこにレスラーとの関係は希薄な印象を受ける。それは、媒体がゲリラ的「週刊ファイト」であったからだろう。
同じく自叙伝的な作りではあっても、GK金沢著の「子殺し」は、
圧倒的なリアリティと生々しい会話、描写を駆使して、物語を構築していた。
GKなる男の手を借りたプロレスラー物語である。
自叙伝なら、それこそGKがそのまま書いたほうが波乱に富んでいて面白いのではないか?
申し訳ないが、井上氏にはまったく勇気が足りないと思う。
もはや業界外で仕事をしているのだったら、何物も恐れず真の暴露本(プロレス愛をこめた)を書いてほしい。
どちらにも振り切れていない――それが率直な感想である。
良くも悪くも単なる「自叙伝」
★★☆☆☆
僕は小学校6年生(1980年頃)くらいからプロレスを見出し、高校3年くらいまでは
まあ、真剣に見ていた方ですが、徐々に熱は冷めて行った・・・と、言うよりは
あまり熱くなれなくなったと言った方がいいでしょう。
それでも新日の三銃士、全日の四天王時代は割と楽しめた方ですが、全日の分裂や
橋本、武藤の相次ぐ新日離脱等からほとんどTVや会場でプロレスを見る事はせず
今ではサブカルチャー的にプロレスを「読む」事の方が好きになっている状態です。
さて、そこでこの本ですが、この本は著者である井上譲二氏の「自叙伝」に過ぎず
ファイト編集者時代から井上氏を追っていた人ならともかく、そうでない人にとっては
非常に物足りない本となっています。
帯には「専門紙元編集長による『真実の告白』」とあり、またしても暴露本か、と
想起しますが、実のところ暴露本にすらなっていません。
本書前書きに、氏の知人が「専門紙記者が書く本よりも非専門紙記者が書くプロレス本の
方が売れるのはなぜか」と言う旨を井上氏に問うています。この質問に井上氏は挑戦したのかも
知れませんが、残念ながらこの本はその氏の知人の言葉を逆に裏付けてしまったように思えます。
しかし、売れる売れないはともかく、専門紙記者でも面白い本を書ける事はGKが「子殺し」で
証明したと個人的には思いますので、知人の言葉は絶対ではないでしょう。
苦言ばかり呈してしまいましたが、最後に一つ。
僕はこの井上氏の事を、プロレス好きだった昔から全く存じ上げなかったのですが
たまたま氏の前著である「闘魂の呪縛 王道の絶望」も読ませていただきました。
残念ながらこの本に関してもあまり面白いとは思えなかったのですが・・・
しかし、この本の終盤は氏の外国人レスラーとの交遊録のような展開になるのですが
この部分は短いながら、非常に読み応えがありました。
そう言う意味で井上氏は、何も暴露本的な「禁断の果実」を食べる必要等なく
かつての昭和プロレスを彩った名外国人レスラーのエピソードをもう少し深く書いた方が
もっと面白い本になると思いますし、そう言う本の出版を氏には期待します。
「プロレス衰退」の中、元ファイト編集長のけじめの一冊
★★★★★
本書を手にしたプロレスファンは、あるいは、「またか」とうんざりするかもしれない。
しかし、昭和のプロレス者としては、元ファイト編集長井上譲二のけじめに拍手を送ろうではないか。
まえがきに、「プロレスの場合、専門記者より一般のライターが書く本の方が面白い」という著者の知人の言葉がある。
それは、何故か。勿論本書で著者は、その理由を述べているが、プロレス者にとっては、言わずもがなの理由であろう。
だが、プロレス者が心躍らせた「プロレス」はもうない。「プロレス」がもうないにも拘わらず、「その」けじめをつける記者、ライターが、「プロレス村」から出で来ないのも寂しいではないか。
その「けじめ」をつけようとした「プロレス村出身」の著者の「心根」に拍手を送りたい。
では、本書は、面白いか? その答は、読んだ人のお楽しみ。なんちゃって(前田調で)。
だって、僕の力ではなんともできないですから(本書に出てくる藤波調で)。
ここまで書いた著者には、ぜひ「総括」の仕事に取り組んでいただきたい。プロレス村から「暴露ではなく総括」のホンが出た時、プロレス者の「プロレスという記憶の昇華」は完結するのではないだろうか。