インターネットデパート - 取扱い商品数1000万点以上の通販サイト。送料無料商品も多数あります。

すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇

価格: ¥1,575
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
Amazon.co.jpで確認
目的は何? ★★☆☆☆
この本の目的はなに?
タイトルと帯から、助教授がすりへりながら頑張るけど、大学の中でも摩耗していくばかり、昨今の大学への批判かと思えばそうではない。
天才助教授の鎮魂歌というなら、思い切って彼を主人公にした小説でも書いた方がよかろう。
自分のことを書きたかったのか。
悲劇の助教授のことを書きたかったのか。
大学のひどさを書きたかったのか。
金融工学について書きたかったのか。
全てが中途半端。
今野先生には参った ★★★★★
今野先生の著作には、毎度唸らせられます。今野先生が絶賛される野口悠紀雄氏に勝るとも劣らぬ文章力とストーリー構成力。「天は二物を与えず」とは言いますが、今野先生のように二物も三物も天賦の才をお持ちの方がいらっしゃるわけです。事実は小説より奇なり。エンジニアリング研究者集団の人間模様をビビッドに描く出す今野先生の筆力に心底参りました。「はっきり言おう。名誉教授は、大学というコミュニティのゾンビなのだ。(中略)大学では、創立記念日を名誉教授の記念日と定め、この日だけはゾンビたちが堂々と大学に出入りできるよう迎え火を焚いた」(p.172)には、文字通り抱腹絶倒した。大多数の文科系教員は、文章力においてさえこの数理工学の碩学に対して絶対優位を主張できないことを自覚するだろう。
誰が読むべきかが未だはっきりしないが、大事な本であることは事実だ ★★★★☆
たまたま東工大という大学の組織像に興味があったので、手に取り、あっという間に読んでしまった。
ただ私は途中まで、てっきり「モーレツ天才助教授」は、著者自身の若かりし頃の話なのかと思ってしまっていた。
著者のもとに現れる、奇才、若き研究者の白川氏が当の主人公であることがわかってきて、副題の「悲劇」が予想されるところが残念だった。この副題(更に帯も)は余計だった。

同じ大学人として本書を読むと、そうだよなぁ、と言う大学共通の部分と、東工大、あるいは特定の学部・専門、特有のものとして「ええっ?!」と驚く部分とがあった。
ま、しかし、さすがに東工大。東大ほどとは記載されながらも、普通から見ると随分恵まれてるし、著者も含め登場する大学人の言動には、一般的な人物像としてはかなり鼻持ちならない印象もなくはない。

才能に恵まれた若き研究者と、精魂込めて立ち上げた組織を失ったことへの鎮魂歌の部分が多くなった後半は、ちょっとしんどい。
一方、前半部分の(著者自身も含め)みな、まだ若い頃の動きは活気があって、とても面白い。研究者でない人たちに、全うで熱心な大学研究者がどれほどに、自分の人生を「研究」に捧げているかがわかって頂けるだろう。その姿は、ほとんど狂気に近いが、一方で、だからこそ「先生」であり、だからこそ世界に悟し、だからこそ未知なるものを解明し、創造してくれるのか、と感動をおぼえる。

ただ、この本は、とどのつまり誰が読むことを想定された本なんだろうか。
故白川氏を偲ぶ人向け。彼と著者らが先端を切ってきた金融工学に興味を持つ人たち向けなのか。
私としては、大学と言うところとそこに住まう大学人の「日常」を、多くの一般の皆さんに知って頂きたい。
良いところも、悪い(あるいは思いっきり俗的な)ところも、この本からは知ることができるのではないかと思う(あくまで、東工大というかなり恵まれた、都会の大学、と言う限界はあるけれど)。
真実は見えてこない ★★★☆☆
本自体は理系の人間としては非常に興味深く、そこかしこで書かれている問題点は非常に一般的で共感を覚える。この国の理工系一般にある問題点を提起しているという点では良いのではないだろうか。
ただ、自分はもちろん著者も登場人物のかたがたも一切知らないのだが、記述、特に人間関係に関する点がどの程度客観的なのかが不明。著者は本文を通して主人公に好意的な人間であり、それはこのような本を書くことからみても当然なのだろうが、あまりに近しい人間が1人の見方だけでこのような内容を書いてしまうのは少し危険な気がした。
意図がわからない ★★★☆☆
内容自体は「金融工学20年」と重複する部分が多い。
白川先生に対する思い出を綴っただけのものではなく、本を残していないということを批判めかしていたり、東京工業大学で白川先生を冷遇した方々を名指ししたりと素直に楽しめない部分も少なからずといった感じである。
どのような意図で本書を書かれたのかが、正直なところ全く理解できなかった。
「どんなに優秀でも成果を残さないといかん」といいたいのか、「大人度を高めることも大切だ」といいたいのか、それとも主張は特になく、リーマン・ショック後で金融工学に否定的な目が向けられる中で「金融工学20年」の看板をかけなおしたのか…
さて、どうだったのだろう。