いい意味で再構築の作品
★★★☆☆
40歳以上の本読みのかたなら、この分野の作品を何冊か読まれたでしょう。これは再構築の作品です。内容は他の小説や技術書から持ってきたものが大半を占めるのではないでしょうか。それを若い読者にも興味を抱かせるようわかりやすく、かつテンポ良くまとめあげています。ミステリーとしてはかなり脆弱です。
わたしは戦争中の原爆をあつかう小説は、娯楽作品としてでも十数年に一冊は出版されることを願う者です。わたしたちの国がそれを行わずにどの国が声を上げるのでしょう。
そんな意味で挑戦された作者に敬意を表します。
新世界とはどんな世界なのか
★★★★☆
原爆開発の指揮を執ったオッペンハイマーが、ロスアラモスで起きた奇怪な事件をフィクションとして記録した、という体裁のミステリ。
原爆に対する強いメッセージがうかがえる作品です。事件の謎解きは主軸ではないのですが、ミステリというジャンルでなかったら私が出会うこともなかったかもしれないので、形式として筆者がミステリを選んだことに感謝したいと思います。
原爆を開発した科学者たちは、それを投下した軍人たちは何を考え、何を求めて動いていたのか。
新世界とはどんな世界なのか。
非常に重たい問いですが、取りつかれたように夜中まで読んでしまいました。
ロスアラモスの部外者からの視点で描かれていること、時折入れ替わる時間軸、そしてまさに翻訳調なのに読みやすい文章が、リーダビリティに貢献していると思います。
広く、長く読まれてほしい小説です。
科学者たちの苦悩
★★★★★
柳広司を読むのもこれで三冊目。この作品は、「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーを主人公に、第二次大戦終結直後、つまり広島、長崎に原爆を落とした後、ロスアラモス研究所で起きた奇妙な殺人事件を描く。
謎ときがメインというよりは、彼の作品は、その時代背景や思想などを丁寧に描き、人間とは何か、歴史とは何かといったことを考えさせてくれる。
この作品も、ストーリーよりも原爆を生んだ科学者たちの苦悩の筆致が優れていると思う。しかし、日本は原爆を落とされた唯一の国なんだということを改めて意識させられた。忘れちゃいけないことだ。
人類史上最大の犯罪
★★★★☆
2003年に新潮社から出た単行本の文庫化。
人類史上最大の犯罪に挑んだ作品として知られるミステリ。明確なメッセージ性があり、政治的な話が盛り込まれ、著者のミステリというものへのスタンスが強く伝わってくる。
そういうところが、私はちょっと苦手だが、これはこれでありなのかも知れない。
もちろん、ミステリとしてもしっかりと面白い。意外な犯人、ミス・ディレクションと、きっちりとつくられているのだ。ただ、テーマの重さの前に、かすんでしまっているような気も。
物語の全体に仕掛けられた「謎」も興味深い。結局、解決は与えられないのだが、考えさせられる構成になっている。
進化と原罪の両立
★★★★★
原子爆弾。
その響きは様々な意味を持つ。
この本は、原爆を生み出した科学者たちと投下した軍人を描いています。
戦争を早く終結させるため、ロシア・ドイツに対向するための兵器開発。
でも、彼らにとって口実だったのではないか。
科学者にとっては自分の能力と自然界の現象の可能性との挑戦し、軍人は英雄になりたかったのではないか。
一人の力では何でもないことが大勢になると大きな力になることがある。
そのことをミステリー形式で私たちに訴えている。
後味も悪くなく読みやすいけれど、奥は深い作品。