表表紙の絵が傑作だ
★★★★☆
わたしが読んだ順で、作者「贋作・ぼっちゃん殺人事件」から三冊目の夏目漱石ものです。漱石が官費でイギリス留学していたとき一時精神を病んだという事実からヒントを得てこしらえた娯楽作品です。ドイルと漱石はほとんど同時代の人物だからこんな設定はうなずかれる。またドイルが交霊術に興味があったこと、漱石が倫敦塔へかよったことからもこのミステリーは読者に興味をもたらしてくれる。そしてあるきっかけで、自分がシャーロック・ホームズだという妄想にとりつかれてしまったことからコメデイ・タッチなミステリーの幕が切っておろされる。あまりトリックは気にしないほうがいいです。背景にボーア戦争を配置しているのがうまいですね。器用な作者の真骨頂あふれる快作です。
なお、漱石とホームズとを登場させた初作品は、山田風太郎の初期の短編で「黄色い下宿人」(題名はちょっとうろ覚え)だったと記憶しています。
ホームズになった男
★★★★☆
2005年に小学館から出た単行本の文庫化。
なんとなくタイトルから察せられるかと思うが、夏目漱石とホームズを混ぜ合わせたパロディである。著者には、『贋作『坊つちやん』殺人事件』という作品もあるし、漱石について良く研究しているようで、本書も完成度が高い。
漱石とホームズのギャップで笑いを取り、さらに漱石作品とドイル作品の小ネタを盛り込んでいくという手法で書かれている。両者に精通している読者ほど楽しめる。
ミステリの部分は残念な出来。しかし、そこには本書の主眼はないのだろう。
実在はしないはずのシャーロック・ホームズの世界へようこそ。
★★★★☆
霧の街ロンドンに留学した夏目漱石先生が、あまりの文化の違いに自らを見失い、自分をシャーロック・ホームズと思い込んでしまう。ベーカー街のワトソン博士のところでホームズとして暮らし始めるナツメ・ホームズ。彼らが巻き込まれた殺人事件。間違った推理ばかりのナツメ・ホームズ。そしてどんでん返しが2度、3度。一体犯人は誰か。事件の関係者達の意外な過去。そして、事件が解決した後の漱石先生のその後とは。
百万のマルコ (創元推理文庫)のマルコ・ポーロや饗宴 ソクラテス最後の事件 (創元推理文庫)のソクラテスなど、有名人の空白を埋めるような技法は絶妙で、パズルのピースのようにピタっとはまるのは見事だ。
巻末の、いしいひさいち氏による漫画書評も面白い。
近代文明批判
★★★★★
彼の作品を読むのは4作目。本作は、夏目漱石が、英国留学中にある事件に巻き込まれるという設定。しかも、なぜか彼は自分をあの名探偵、シャーロック・ホームズだと思いこむ。
設定がすごく、面白い。単純な娯楽小説だと思いきや、近代文明、資本主義、植民地支配への痛烈な批判も盛り込まれている。
彼の作品は、どれも、そういったテーマが隠されている。そこに惹かれる。もちろん、ミステリーとしても面白いけど。
世界が揺らぐ
★★★★★
この著者の作品はいつも、あることが当然だと思っている人間が視点人物で、そこに別の価値観が持ち込まれて揺らぐところが見所だと思います。
今回も、シャーロック・ホームズのおなじみの世界で、大英帝国至上主義のところへ、植民地批判が出てくるところが、別の世界に連れて行かれるように酔いしれました。「裏切り者は、あなたよ」という台詞がクライマックスでした。
しかし、話としては、いつものワトソン博士の代わりにとんちんかんな推理を連発するナツメ氏や、イギリスの風土の中にちりばめられた異国情緒としての日本的なものが面白く、そして最後にはちゃんと本格推理的な解決がされます。
それでも、しばらくはワトソン博士の経験した夢なのかなんなのかわからない部分が残り、しばらく酔っていられます。世界が揺らぐのは楽しいです。
柊舎《目指せ、1日1冊!》
★★★★☆
●9月新刊文庫●
ベーカー街221Bのワトスン博士のもとを訪れた日本人のナツメ氏。
彼は自分をシャーロック・ホームズだと思いこんでいた。
そのままホームズとして遇することになり、二人が参加した降霊会で霊媒師が毒殺される事件が起こる。
ナツメはホームズとして事件にあたるが…。
◆夏目漱石+シャーロック・ホームズの組み合わせと言えば、島田荘司の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』とかもあり意外性はありません。
でも、漱石=ホームズ(思い込みですが)という図式はなかなか面白いものがありました。しかもさらに手が込んでてホームズは日本人であるナツメに変装中という設定があって、これがなんというかコミカルというより滑稽という感じ。
が、しかし、そう思い込んだ事情がわかってくると苦しいものがあります。
そして当時のイギリスと日本の関係を含む時代背景がわかりやすく、風刺も効いててこのあたりはとても面白かったですね。
ミステリとして事件のトリックが驚きにかけるのは、ナツメがなぜホームズだと思い込んだかという魅力的な謎と、その前のキャスリーンの告発、直前のナツメの推理がインパクト強すぎたため…と言えないところがちょっと残念だけど。