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世界の共同主観的存在構造 (講談社学術文庫 (998))

価格: ¥1,313
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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日本哲学界の古典的名著 ★★★★★
 日本哲学界の巨人廣松渉、必殺のデビュー作である。
 主観客観図式。他我問題というアポリアをも生み出すこのパラダイムにこそ、現代における科学および哲学の閉塞状況は淵源していると廣松は冒頭で宣言する。主観客観という構図に異議を申し立てた哲学者はむろん廣松が初めてではない。しかしそれに代わる新たなパラダイムを打ち立てようとした(そして現に打ち立てた)のは、国内では後にも先にも廣松だけではなかったか。
 認識の場面において、認識される側は「それ以上の或る物」として、認識する側は「それ以上の或る者」として現象する。主観の各私性はこの共同主観性によってまず解除される。さらに主客それぞれの二肢性を併せて成立する四肢構造は、まず関係があってしかる後にそれぞれの項が決まるという点が重要である。関係の第一次性、物より事の方が存在論的に先立つという事的世界観等、廣松哲学はこのデビュー作においてすでに完成の域に達している。
 岩波書店版『廣島渉著作集』の第一巻冒頭に収められている本論文は廣松の代表作であり、未完に終わったライフワーク『存在と意味』よりもはるかにコンパクトに、しかも廣松哲学のほぼ全論域がまとまっている。常用範囲をはるかに超えた漢字を多用するその強烈な文体から、拒絶反応を起こしてしまうのはあまりにも勿体無い、日本哲学界の至宝ともいうべき古典的名著である。
廣松渉初期の主著 ★★★★★
徹底した関係主義、四肢構造など、著者の認識論的存在論的スタンスをスケッチした好著。後年「存在と意味」や「新哲学入門」でより周到な議論が展開されただけに前半は、やや生煮えの感はあるが、最初の主著ならではの迫ってくるメッセージはむしろ新鮮で後年の著作には期しがたいものがある。廣松渉をはじめて読むならやはり本書だと思う。それから、第2部第2章の「判断の認識論的基礎構造」は、類稀な判断論から見た認識論の歴史で、類書が無いだけに実に貴重。著者には珍しく参照文献が細かく掲示されているので、これも後学の者には便利。末尾の「デュルケーム」論は、「若書き」と著者は照れているが30代半ばとは思えない堂々たる論考で、社会学畑では比肩すべき著作は無いほどの秀作。一読の価値は絶対にあると思う。