日中戦争の理解に不可欠の一冊
★★★★★
本書は満州事変から日中戦争にいたる主に政治的な流れにポイントをしぼって詳述する力作である。通説に流されずに、史料の精読と客観的な叙述によって、まったく新しい日中戦争のイメージが浮かび上がる。
従来言われてきた陸軍悪玉史観であるが、著者は出先機関である満州軍の横暴があったことは事実であるが、それを止めようとする流れができつつあるのに壊したものとして、広田外相・近衛首相ら政治家の不作為を挙げる。広田外相の後を受けた佐藤尚武外相は、対中融和路線を着々と進めていたが、政権交代による路線変更でそれも幻となった。
また、陸軍は軍令と軍政で必ずしも一致しておらず、意外にも軍令(参謀本部)は--石原莞爾の息がかかっていたため--日中戦争の開戦阻止に向けて動いたことを明らかにする。
一方海軍は、これまで日米戦争の開戦について多く批判されてきたが、上海事変の拡大を引き起こしたことはやむをえなかったとしても、日中戦争開戦決定の連絡会議において、開戦側に就いたことが痛恨の失敗だったとして海軍善玉史観および海軍有責史観の両者に対し、一歩踏み込んだ洞察をしている。
また、戦前において言論の自由はなかったとよく言われるが、日中戦争開戦までは比較的自由であったとして、石橋湛山の舌鋒鋭い批判を挙げる。
むしろ、言論が自由であった当事にあって、世論が開戦に賛成したことが大きな問題であって、その原因として、人口問題の解決を大陸にもとめたこと、ソ連の南方進出政策への脅威を国民が共有していたことを挙げる。
これらのことは、専門家の間では膾炙していることなのかもしれない。しかし、我々一般人にわかりやすく蒙を啓いてくれた本書の功績は大きい。