五感を呼びさます
★★★★★
ふっとどこかに出かけると、行く先々で見かける若山牧水の歌碑。
こうそこかしこに置かれると、いい加減食傷気味で興醒めの感すらある。
いや、何も牧水が歌碑を立ててくれと頼んだわけじゃないことは、わかっている。
わかっているけど、でもしかし。
そんなこんなで、牧水は敬遠していた。
でも、ひょんなことからこの本を手に取ってみました。
読んでみたら・・・
面白い。
紀行文学は、ともすればその場所の地誌を淡々と綴ることに終始してしまい、
読み終わってみたら案外何にも頭に入ってない、ということもよくある。
でも、この本は牧水の触れた風景が、そのまま自分の肌に伝わってくるかのようだ。
雨上がりの湿気を含んだ風のにおい、空の底を切り取る山の端の色、
ひんやりと頬を濡らす滝のしぶき・・・
まざまざと五感を呼び覚まされるように感じる。
一生懸命頭に入れよう、入れようとしなくても、まるで自分が牧水と一緒に
その地を歩いたように、その風景が脳裏に刻まれてゆく。
その感性、そしてそれを描ききる筆力に舌を巻いた。
忘れられない一冊になってしまった。