あとがきにもあるように、収められた短編は、いずれもが「Hな譚(はなし)」であり、全編官能小説といってもいい。肉欲とは無縁なはずの聖が、ふと出会った人妻に耽溺して、矢も楯もたまらず女犯に走ったり(第1話)、鬼から絶世の美女を勝ち取ったにもかかわらず、欲情を抑えられずに彼女を不意にしてしまったり(第2話)。最後の第3話にいたっては、実在の漢学者にして歌人の小野篁を主人公にして、堂々と「近親相姦」を描いているのだ。登場人物たちは、たしかに愛欲まみれなのだが、彼らの燃えさかる情炎の中に、人間が生来持っている業のようなものが垣間見えて、哀れを誘う。
エロチックで少しかなしい物語が、夜の帳の中で淫靡(いんび)に繰り広げられる。夢枕の文章と天野の挿絵が、読み手にリアルで生々しい「性」の感触を与えてくれる。 (文月 達)
物語は獏の話が美しくも悲しい男女の話。もちろん天野の絵がたくさんおさめられており、どちらもとても、相乗的にエロティック。
「ああ、彼(彼女)に逢いたいなあ、一緒にページを繰ったら思わず唇を寄せ合うだろうなあ」という気持ちにさせる物語ばかり。
「染殿の后(そめどののきさき)」の話、「紀長谷雄(きのはせお)」の話、これは鬼と人との話。
「染殿の后(そめどののきさき)」の話、「篁(たかむら)物語」、これは人と人が鬼になる話。
私の一押しは、「染殿の后(そめどののきさき)」の話。モティーフが桜花なので、想像すると、たとえ鬼の話でもきっとものすごく美しいと想像するのでした。
平安の都には確かに鬼がいたのだと私は思います。理系の私が非科学的なと言われそうですが、その後の戦乱の時代から人が鬼になるので、鬼が鬼でおれなくなり、そして物の怪がなくなったのだと。そしてその後は人魂だけが残ったのだと。
「紀長谷雄」の話、は「長谷雄草紙」という絵巻物が現在まで伝わっていて、その話のリメイクです。「長谷雄草紙」については、「鬼のいる光景-「長谷雄草紙」に見る中世-」(角川書店)に詳しいです。「陰陽師」から日本の中世に興味を持った方にお薦めです。