ストルガツキイ的私小説
★★★★★
本作は他のストルガツキイ作品とはちょっと毛色が違い、著者を思わせる作家のモスクワでの文筆生活が描かれている。とはいえ、ふつうの意味でいう私小説とはもちろん異なり、日常とSF的世界が地続きになったような感じだ。面白いのは、潜在的読者数を測定するという機械の存在。たとえば雑誌に載せた作品批評のような原稿を入れると、機械は4という数字をたたきだす。未来永劫、作者と編集者と作品の著者などにしか読まれないという意味だ。では、ソ連という状況下でこっそり書き継いでいるライフワーク(生存中には発表できないと考えながらも、命を賭けて書き続けている)をこの機械にかけると、どうなるだろう。そこに現れる数字は、あるいは4ではあるまいか……もしそうなら、どんな絶望を得るかわからないが、ためしてみないではいられない……といった葛藤が著者を襲う(どうなるかはぜひ読んでみて……)。
また形として面白いのは、これは雑誌掲載時のオリジナルバージョンであり、単行本にしたときは『みにくい白鳥』というまったく毛色の異なる作品と一章ごと交互におりあわせて発表されたという(著者は『そろそろ登れカタツムリ』でも同じ試みをしていたが、『モスクワ……』と『みにくい……』の組み合わせのほうが奇天烈だ)。作品自体、起承転結に収まるはずのない型破りなものだが、さらにそんな思いきったことをしているのだ。まったくラディカルな人たちである。訳者解説には、ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』の形式を連想させるとあるが、実際、迷宮的世界に変貌したモスクワで「傑作」を抱えた作家が右往左往するこの作品自体、『巨匠とマルガリータ』へのオマージュにもみえる(とうに死んでいるはずのブルガーコフ〈らしい人物〉も登場します)。というわけで、『巨匠』を読んだ方は、ためしにこっちも読んでみてはいかがだろうか。