上巻は開戦に至る背景から緒戦の開戦後ドイツの進撃までを、ドイツ国家元首たるカイゼルや参謀総長モルトケ、イギリスは派遣軍司令のウィルソン卿、後の首相チャーチル、フランスは大統領ポアンカレ、陸相メッシミ、陸軍総司令官ジョフル、更にベルギーのアルベール国王といった国際、軍事の当事者達の行動を通して描いています。
ドイツ参謀本部の構想、イギリスの大陸派遣軍の戦争準備、大戦緒戦において大きな影響をもたらすに至ったフランス陸軍の用兵思想、ドイツ軍による残虐行為などの話題について極めて叙述的に、感情を交えずに描かれており、緒戦における両軍の、意外なまでに楽観的な雰囲気が、作為的な表現によらず、ダイレクトに伝わってくる感じで、リアルです。
ただ、司馬氏の小説に見られるような内面的な言及や、リデルハート氏のような作戦分析的な記述もなく、ただ淡々と、ひたすらに事実の記述であり、事実を持って事実を語らしめる、式の事件の記録といった形なので話題によっては少し退屈することもあるかもしれません。個人的には児島襄氏の、ヒトラーの戦い、に近い色合いを感じます。
しかし、国際政治に仕掛けられ、ドイツ参謀本部での作戦にまで落とし込まれた巨大な歯車がいかに構成されたのか?また下巻で本格的に始まる、怒涛のような戦闘の背景にどんな思想、思惑があったのか?といったことを知る上で、この上巻はたいへん重要な意味づけがあり、第一次大戦についてこれだけ豊富に国際情勢交えて描かれた本は貴重と言って差し支えないのではないかと思います。
翻訳書にありがちな、少し独特の言い回しなどがところどころあって好みが別れるかもしれませんが、下巻の怒涛の展開を待て!といったところでしょうか。