チェ・ゲバラが「正義のアイコン」たる理由
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前後編2作で4時間を超える大作。DVDの特典が明らかでないものの、映画の内容はお勧めです。
●前編「チェ 28歳の革命」:徐々に革命のうねりが大きくなる様に興奮します!
ストーリーは、キューバの革命を決行するフィデル=カストロをエルンスト=ゲバラ(チェ=ゲバラ)が支えていく、というもの。
最初は軍医での参加だが、決起当初から参加していること、また「虐げられている人々を救いたい」という想いから、徐々に革命の中心人物になっていく様が描かれています。
●後編「チェ 39歳別れの手紙」:チェ・ゲバラが「正義のアイコン」たる理由
ストーリーは、1959年のキューバ革命成功後も、世界各地で人が人を虐げていることを憂えるチェ・ゲバラは、次なる革命を目指してボリビアを訪れる、というもの。
冒頭、キューバ共産党中央委員会にてカストロが伝えるチェの手紙が印象に残ります。チェの目標はあくまで「人が人を虐げている」現状を克服することでキューバで成功したら次はラテン・アメリカだ、と。自らの目標を見失わず、名声や名誉を投げ打ってボリビアに潜入するところはサスペンス風でゾクゾクとします。
そして、徐々に追い詰められる様が、文字通り日単位・時間単位で克明に再現されています。そして捕縛・処刑。直前、自らの失敗によって、民衆が虐げられている現状を認識してもらえればよい旨を衛兵に伝えるなど、最後までチェの信条はブレません。このあたりが、今日まで「正義のアイコン」となっている理由でしょうか。
全身革命家
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革命家と革命のリーダーは違う。革命のリーダーにとって革命は政治体制刷新の手段だが、チェは命を賭して一切の政治的解決を拒否し、首尾一貫して革命家であった。生きながら革命という抽象的な概念の象徴であり、破壊や断絶という歴史の中の点を、線として生き、面として他国に広げようとした。だが一人の生身の人間がある概念を象徴し、革命に勝利しても革命家でいつづけることなどできないと誰もが考えた。それが喘息持ちの金持ちの息子であればなおのことだ。ボリビア政権もCIAも、革命軍の仲間すら同じ疑問を抱いた。
だが彼は革命こそが自分の故郷かのように慈しみ、革命家を人の高度に成熟した段階だとして、銃を携え山中を歩いた。
南米の反米主義の隆盛を背景に彼の革命をロマンチックに描くことを、ソダーバーグは丁寧に避ける。チェは他の共産主義者との連携を拒否し、軍規を乱した隊員を粛清する。
起伏のない地味な闘いを継続するため、組織のテンションの維持に苦心する彼の姿は、Tシャツにプリントされた英雄とは程遠い。
2作目においてその傾向は強くなり、ボリビアの山中を敗走し続ける一行を突き放すように映す。
食料・武器は減り、隊員も苛立ち、CIAが支援する政府軍との情報戦にも破れ、喘息の発作も起き、革命の目的であったはずの農民の支持はついに得られない。
行軍を追う映像は単調で、劇的な戦闘も情熱的な演説も美しい回想もない。監督は果敢に革命軍を退屈に撮った。
ボリビアでのチェは理論でも実践でも誤謬を重ねた。革命は苦しいがその苦しさが人を革命家へと成熟させると信じ、多くの人に裏切られ、喘息の発作のまま葉巻を燻らした。
ただそれだけの不毛な行軍の中、ゲリラの仲間も共産党も農民も、乗っているロバすらも否定して、彼は革命に対してだけ忠実であろうとした。グランマ号から海を眺める彼の目から、革命家としての純度と強度だけは痛々しく伝わる。
「チェ」をより深く知り、より楽しむためのエディション
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「チェ コレクターズ・エディション」と「チェ ダブルパック」の仕様の違いは
「50Pのブックレット」と「特典映像」の付属という点です。
ブックレットの内容はゲバラについての著書で有名な戸井十月氏の監修によるDVDオリジナル編集で、「チェ・ゲバラ・ガイドブック」といえる充実したもので、
特にソダーバーグ監督と戸井氏とのインタビューは必読と思います。
特典映像の内容もどれも大変興味深いものですが、
特に私が注目しているのは、
この映画の考証責任者を務めたジョン・リー・アンダーソンが語る、
「ボリビア戦争の真実」です。
ジョン・リー・アンダーソンはアメリカ人ジャーナリストで、
世界的に最も著名なチェ・ゲバラの研究者の一人であり、
ゲバラの関係者との深いコネクションによる貴重なインタビューや資料の活用、
1997年のゲバラの遺骨発掘のきっかけとなったボリビア軍司令官の告白を、
世界に公表したことでも知られています。
残念ながら彼の力作「Che Guevara A Revolutionary life 」(1997年刊)は、
未だ邦訳では読めませんので、
このディスク収録のインタビューが彼のゲバラ観を知るきっかけとなるのは、
とても意義のあることだと思います。
そうした点を含め「チェ」を「より深く知り、楽しむために」役立つエディションです。
第1部の「28歳の革命」が、
革命家チェ・ゲバラの輝かしい成功と達成の物語であるとすれば、
第2部の「39歳 別れの手紙」は、彼の挫折と死の物語です。
この2つの物語はくっきりと明暗のコントラストを成して観る者に提示されます。
「第1部」では1964年のニューヨークからはじまり、
女性ジャーナリストとの丁々発止のやりとりも楽しいインタビューシーンや、
ゲバラの人生でもっとも華やかな瞬間となった、
「祖国か死か」で有名な国連演説のシーンを合間にはさみながら、
喘息持ちのアルゼンチン人医師がキューバ革命に参加、
激しいゲリラ戦を戦い抜き、カストロらと共に革命を成し遂げるまでを感動的に描きます。
しかし、ソダーバーグも話しているように、
この映画の本質は「第2部」の方にあるのです。
内面も外見も魅惑的な愛すべき「第1部」の主人公は、
「第2部」では最初から最後まで周囲や内部の裏切りと無関心に苦しみ、
持病の喘息の悪化と厳しい自然環境に痛めつけられ、
心身共にボロボロになりながら劣勢の中で戦い続け、
最後には刀折れ矢尽きて、無残に処刑されます。
この辛い物語には、しかし、
まるでボリビアの峡谷を吹き渡る風のような、
不思議な突き抜けたすがすがしさがあります。
それはチェ・ゲバラという人の無私で清冽な人格、
人間の理想と正義の可能性への強い信念が、
この作品の隅々にまで漲り、観る者の心に迫ってくるからです。
キリストがそうであったように敗北の果てに永遠の命を得、
人種や思想の相違を超えて、21世紀に生きる私たちの心のイコンとなったからです。
過剰な演出を一切廃し、音楽も効果音も最小限に抑え、
ひたすら淡々と時系列に描かれる「チェ・ゲバラの最後の戦い」、
20世紀を代表する熱いカリスマを熱演し、
スクリーンに鮮やかに蘇らせたベニチオ・デル・トロと、
取り上げる対象の複雑な立場・性格を鑑みれば、
政治的にも興業的にもリスクの高い冒険となることを恐れず、
7年間の真剣なリサーチの元にこの大作を完成させた、
現代のハリウッドを代表する世界的「アメリカ人」映画監督S・ソダーバーグに、
心からの「ありがとう!」を贈ります。