一流の風格
★★★★★
YOU TUBEの動画で、アルゲリッチとのモーツアルトの連弾を見た私は、(これも、お勧め、)このCDを購入。
ため息がでるような、硬質でツブ揃いの音。甘さをおさえたモーツアルトならではの音。その音で弾くスケール
の美しさは鳥肌が立ち、端正な中にもやさしく、やわらかい旋律が心地よい。音楽にたずさわっている長いキャリアと超人的なテクニックがあってこそ、ピアノの音に語らせることができるのだろう。ひそやかな中に秘めた情熱を感じるモーツアルト。
キーシンが体当たりしてくるような若いころのシューマンの演奏もそのけなげさに切なく胸を打たれるけれど、今回のシューマンは、一流のピアニストの余裕がすみずみに感じられ安心して演奏に浸れる。
特に曲の始めの部分の弾き方に今回の違いが物語られていると感じた。人をそらさない拍子の確かさや、七色に変化する音は従来通りだが、音の厚み、迫力が増し聞く者の心に絡んでくる。曲の途中で席を立つことができないほどの緊張感を持っていて、怖いくらいだ。凡人が感想を述べさせていただいて、申し訳なく思うけれど、
このたぐいまれな才能を愛さずにいられないことは確かだ。
キーシンによる気高きモーツァルトとシューマン
★★★★★
着実に録音活動をこなしているキーシンのモーツァルトとシューマンの協奏曲。リリースされてみると、なるほど、と思うほどにキーシンの個性が引き出された演奏であり、それに適した楽曲だったのだと思う。キーシンの演奏は、例えば、以前弾いていたシューベルトのソナタなどは幾分型にはまりすぎて、単調な物憂さが残ったけれど、このモーツァルトとシューマンは実に良い。
実際、キーシンのピアニズムはモーツァルトによく合うだろう。きわめて平衡感覚の強い音感と、しなやかなピアニスティック、そしておそらくつねにその音楽性を支えている古典的な教養があると思う。そうして引き出されるモーツァルトの世界は、なかなかいい意味で辛口で、「大人のモーツァルト」になっている。いわゆる「遊戯性」のようなものはほとんど感じられないが、純粋に突き詰められた音楽で、高貴な香りと崇高な気品がある。デイヴィスの指揮もそれにあわせたのだろうか、かつての彼に比べると、いくぶんシックな色合いで、落ち着いた、部分的に固めなサウンドである。
ロマン派の代表的なピアノ協奏曲といえるシューマンでも、キーシンとデイヴィスのアプローチはモーツァルトと共通しており、そこでは自由な華やかさより、拘束のもたらす規律正しい気品に満ちている。全般を通してライヴ録音とは思えないほどの客観視を感じるのもこの演奏の特徴だろう。オーケストラのサウンドもそれぞれの楽器がその役割に徹した感があり、禁欲的ともいえる響きであるが、それゆえの内省的な美しさが隅々まで満ちている。私にとってキーシンの演奏の新しい領域を感じる一枚となった。