見知らぬ記憶が蘇る薔薇の本
★★★★☆
ぱらぱらと何気なくめくったページからむせ返る薔薇の匂いが漂ってきた。時にはモノクロの、時にはカラーの薔薇の写真を見つめていると、見知らぬ記憶が胸の中に蘇ってくる。それは横浜の山手から元町を歩いたときに、生まれてもいない100年前の異人たちの足音を身近に感じる、そんな懐かしさに似ている。私はこの本を読みながら、行ったこともないヨーロッパを細かに旅した。それは写真に映しこまれた薔薇の記憶を辿ったのかもしれない。
作者はパリの美術館にその写真が永久に飾られる、という腕のある芸術家らしい。私は彼女のそんな写真は知らないが、この本の薔薇の写真からは、きっと彼女の素顔であろう、気さくな優しさや孤独、そしてぬけがらが伝わってくる。豊富な人脈と海外経験がさりげなくこめられたエッセイは毒がなくて読みやすい。さらさらと体へ入っていく文字と写真は優雅な孤独とその癒しを教えてくれる。