進化思想との関係はどうあれ、惚れ惚れするデザインには圧倒される
★★★★☆
ドイツの博物学者エルンスト・ヘッケル(1834〜1919)の画集。帯には以下の様に説明されている:
「対称性と秩序をテーマに描いた本書は、ヘッケルの思想を表わす集大成となっている。また、その、息を呑むような美しさから、アール・ヌーヴォーやユーゲントシュティールといった20世紀初頭の芸術や建築にも大きな影響を与えた。」
100枚のそれぞれは、一つ一つの生き物の構造の精微さとともに、「一枚の構図」も考え抜かれて描かれている。特にクラゲ類の、対称性のある曲線で描かれた絵などは、絵一枚そのままですばらしいスカーフか絨毯になりそうである。表紙の背景(この図は少々地味なほうであるが)からも少しは想像できると思う。美術的に大変に素晴らしい生物画であることは間違いない。A4版のサイズは、原画よりは小さいのではと思うが、充分に迫力がある。
ヘッケルが自分の思想を表現するために「意図的な選択・抽出」をしていることは否定できないが、実際の生物から抽出してまとめられている対称性・類似性は、見る者に進化や発生について考える刺激を与えてくれる。
ただ、「ヘッケルの思想を表わす集大成」として本書を見ようとすると、本書には少々不満がのこる。解説として「ヘッケルの詳細な図版を鑑賞するための短い説明」と「エルンスト・ヘッケルー科学者の中の芸術家」という二つの文が載っているが、「・・・・・短い説明」はちっとも短くなく、「・・の芸術家」の方は半分は解説者の自論(認識論)の話である。解説を書いているオラフ・ブライトバッハとアイブルーアイベスフェルトの名を両方とも知っている人はどれくらいいるだろう。翻訳の際、解説者の簡単な説明を訳者紹介とともに載せてあればよかったと思う。ついでにもう少し欲をいえば、ヘッケルのつけた注釈なども載せて欲しかった。
実は「帯」の言葉の最初は<系統発生は個体発生を繰り返すという「生物発生原則」を主張し・・>となっている。ヘッケルは、一般には<個体発生は系統発生を繰り返す>で知られているはずである。出版社のケアレスミスではなくて、なにか深い意味があるのだろうか・・・。
「生物学的な」方面からこの書を読み、考える時ときにはそれなりの基礎知識をもって向かっていただきたいものである。
こう考えてくると、本書はやはり芸術性の方を高く評価して出版された、と考えておいたほうがよいのかもしれない。そうだとしても、原画のサイズとか、現在の保存状況などの記載がないのはやはり惜しまれる。
まあ、進化との関係はどうあれ、また解説文はあまり読まなくても、図版そのものをそれぞれの見かたでみれば充分、といえるほどインパクトの強い、惚れ惚れする画集である。