冬にボーラと呼ばれる突風がふくことで知られるトリエステは、須賀と彼女の夫ペッピーノにとって特別な存在である詩人サーバが愛した町。そのサーバが「不吉な洞窟」と呼び、須賀も「勇気をかきあつめて」中に足を踏み入れた書店を訪れ、店主と須賀の思い出にふける。その後、ウディネ、グラード、チヴィダーレなどを巡り、彼女の親戚が住むフォルガリアへ。カルロ、シルヴァーナらと会う。結婚6年で夫と死別した須賀に「もう一度結婚しなくちゃ」とシルヴァーナが言うと、彼女は「それにはペッピーノがもう一人必要ね」と答えたという。そして「あなたたちは私のイタリアの家族なのよって言ってたの」と言いながら目にいっぱい涙をためた。
町を訪れると、そこかしこで須賀を知る人に出会え、彼らの話から須賀の息づかいを感じられる。著者は言う。「須賀敦子の記憶の町はどれも少しずつ文学的な虚構性を与えられていて、その包みを紐解きながら歩くのは楽しい。作品中ではわずかしか触れられていない町で思いがけない風景に出会えたこともあった」と。
本書にちりばめられた各地のぬくもりのある写真は、まるで須賀の記憶そのものをファインダーを通して伝えているようで見ごたえがある。だが、本文中には著者の思いの丈をすべて表現しようとするあまり、読みにくい箇所がある。それも彼が須賀への熱い思いを吐露した結果であろう。(石井和人)