サクセスストーリーとして
★★★☆☆
田尻智がいかにしてゲームに出会い、のめり込み、同人誌を作り、ゲーム会社を立ち上げ、ポケモンを成功させるか、をインタビュー形式で振り返っている本です。
本を読んでいて感じるのは現在とは違う過去の様子です。
宅地造成の後に出店したゲームセンターで、田尻少年はインベーダーブームを目の当たりにします。
そこで彼はコピーゲームの思い出を語る。
今なら著作権の侵害だの騒ぐところですが、どのような差異や独自性があるかを田尻智は見ていた。
面白いゲームを生み出す元となる思考が昔から鍛えられていたと言うことですね。
数年後、同人誌を始めた田尻青年は、ファミコンのゲームを作り、会社へ「持ち込み」ます。
ゲーム開発が肥大化した現在では見られなさそうな光景です。
持ち込んだゲームをヒットさせた利益を元に「ゲームフリーク」を立ち上げ、次に全ての機種へゲーム開発を行うラインを作る。
私ここで読んで初めて知ったのですが、最初ポケモンは数あるラインのうちの一つに過ぎなかったそうです。
ゲームボーイのラインがポケモンだったというわけです。
本の後ろの方になると田尻本人のごく個人的な話が多くなり、かなり退屈になってくるのが難点。
それでも、ゲーム大好きな少年がクリエイターになった話が当時の話とともに生き生きと描かれています。
ゲーム大好き少年のサクセスストーリーが、本書「田尻 智 ポケモンを創った男」だと思います。
内容はいいが、全体は面白くない
★★★☆☆
田尻さんのことを詳しく知りたくて購入しました。
知ることができたから、いい本だと思うけど、本のスタイルは作者と田尻さん二人の会話を記録したようなものでその会話はとても面白くないんです。田尻さんの経歴はけっこう面白いはずなのに、作者はそれをうまく表現できませんでした。
ポケモンピンボールのほうを遊びたおしたおっさんです
★★★★★
田尻智=フアミコンのクインティ。
ポケモンが田尻智とはしらなかった。
ファミコンのころから
ピンボールが好きで。
カービィのピンボールや
ポケモンピンボール。
スパロボピンボールを遊んだ
そんな1973生まれの
ゲーオタは言いたい。
俺も小学生のころに
ポケモンに会いたかった。
ドラクエモンスターを
遊んでも負けた気がしてた。
アニメポケモンはすごくすきだ。
ポリゴンの話が特に好きだったが
あれはないよなー
確かに誰かの手によって創り上げられたポケモン。
★★★★★
ポケモン赤・緑が発売された当時、ターゲットど真ん中の小学生だった。
お年玉やお小遣いを貯めたお金で近所のゲームショップへ
買いにいったことを今でも覚えている(そのお店はもう潰れてしまったが)
毎日ゲームに時間を費やしては、学校で進展状況を報告し合い、
学校が終われば通信ケーブルとゲームボーイを持って友達と交換会。
ポケモンの名前はすべて覚えたし、グッズも集めたし、
あれほど魅了されたゲームは他にはない。
そんなポケモンを創った男、田尻智。
実は私はこの本を手にとるまで田尻さんのことは知らなかった。
ポケモン発売以降人前にほとんど姿を現さなくなったそうなので
当然といえば当然なのだが、それ以前に、ポケモンという世界が
誰かの手によって創られたということ自体不思議な気がした。
そのぐらい子どもの頃のわたしには完成されたものだったし
それを創るなんていう作業は想像の範囲を超えたものだった。
この本では宮昌太朗さんと田尻智さんの対談という形式で
田尻さんのこれまでの経緯やポケモンが創られた裏側などが
語られているが、全体を通してすごく感じるのは田尻さんの行動力。
趣味や興味の範囲をずんずん突き進んでいくその姿には
人を惹き付ける魅力がある。それに惹き付けられて出会った
イラストレーター杉森健さんとの対談がとてもおもしろい。
田尻さんの町田での子ども時代の話も興味深く、特に小学校の時の
担任の先生の話は衝撃的だった。今そんな先生はいるのだろうか。
「ゲームをつくる上でさまざまな経験があった方がいい」と語る
田尻さんの経験がポケモンの基礎となっていることがわかる1冊。
ポケモンファンにはたまらない開発資料も必見です。