ハラハラドキドキの群像劇
★★★★☆
フランス革命からナポレオン戦争期というのは、もっとも魅力的な時代の一つである。激情と理性とがたぎる時代に、強烈なキャラクターが次から次へと現れ、欲望や理想とが入り乱れ、有為転変が展開していく。結果として近代社会の柱である理念や社会制度が成立するわけだが、それらはまるで人生の縮図のようである。
それを一定の視野からおさめ、一冊の本にまとめるとなると、それなりの工夫や労力が求められる。本書はナポレオンの「熱狂情念」、フーシェの「陰謀情念」、タレーランの「移り気情念」とみなし、この三つ巴と観点から、1789から1815年の大動乱を生き生きと活写する。
古今東西、身近な例をも引き出して、ウィットに富む筆致で、血の通った、しかしまた一歩引いた、構図の見える歴史絵巻が展開される。やや分厚い本であるが、どんどんページを読み進めて歴史のダイナミックさ、面白さを体感できる。
なぜナポレオンは成功し挫折したのか、タレーランはいかにして外交的に成功したかなど、主要なテーマにも一定の答えが示される。
ナポレオンフーシェタレーラン情念戦争1789−1815
★★★★★
まず、面白い。3人の個々の伝記はかなり出ているが、これをまとめて書いたのは初めてか?
北朝鮮との交渉など、こんな政治家が日本にいたらもっと上手くいくよ。太平洋戦争も未然に防ぎ、国益を上手くもたらしてくれたであろう。単純な受験競争勝ち残りのエリートでは、日本は危ないよ。
意外と知らない時代史を描く
★★★☆☆
本書は、案外知られていないナポレオン時代に光を当てた歴史書。博覧強記型の著者の本だけに期待した。でも、結論を言うと期待は少しはずれた。読んで損だとは言わないが、以下の点で強くは推せない。1)膨大な情報を手際良く配置できず、複雑な国際関係や、人間関係が、十分説明されないまま、著者の興味の乗って書かれている。2)著者の気持ちが先行し、文章に安易な形容詞や副詞が多く、せっかくの「引用文」が、二重装飾に陥り空振り。3)ナポレオンが十分に描けておらず、故に三つ巴の相手になるタレーランやフーシェも結果的には上手く描けていない。世間相場の人物像を超えておらず、著者が興奮するほどに魅力的ではない。つまり、タレーランとはそういう奴だ、という相場通りの話でしかない。とくに、1)と2)ゆえに、なぜ、そんなにフーシェに著者が肩入れして書いているのか必然性がよく分からない。単に冷静で冷徹だ、と言っているに過ぎず、そんなことなら、いやらしい能吏に幾らでも居るじゃないか、ということになってしまう。その他配役も、やや唐突感がある登場の仕方が気になる。欧米にはよくあるこの手の「歴史と批評と文学」のあいの子みたいな表現形式を本書は狙ったのだろうか。もしそうなら、皮肉とユーモアとスピードが必要で、モンタネッリの「ローマ史」などのシリーズ(中公文庫)が圧巻だ。モンタネッリは、基本的な政治・社会関係、人間関係を過不足なく説明しながら、相場とは違う、著者独自の人物批評眼が魅力だった。本書は、日本では稀なジャンルであったが、大いに水をあけられた感じだ。ただ、著者の博覧がちらりと示され楽しかったのは、大陸封鎖令の結果登場したスコッチやホワイトリカーの挿話だ。雑学の妙味で、語ったほうが面白かったかも知れない。