英国留学中の漱石がロンドン塔を訪れ見学しているうちに、その血塗られた歴史に意識が飛んでいく「倫敦塔」、アーサー王の時代に題材を取り、騎士と敵国の姫の悲恋を描く「幻影の盾」、日露戦争で亡くなった友人に思いを馳せ、戦争を違った一面から見つめる「趣味の遺伝」など幻想的な文章ばかりがつまっています。読みやすさ、という意味では有名な作品のほうが上かもしれませんが、幻想性、ロマンチシズムという意味では、大変素晴らしい作品集です。あらゆる文体や題材を自在に書きこなす、漱石の怪物のような懐の深さを見せつけられる一冊です。