現在ではネイティブスピーカーの発音を収録したCD付きの語学入門書は珍しくなく、学習者が習得言語の音声を直接聞く機会は飛躍的に増したといえるが、そうした教材も多くはネイティブの発音を収録することのみで満足しており、日本語話者にとって困難な発音を日本語の音と比較し、わかりやすく解説している点において、本書は一線を画している。特に粤語は声調言語であり、声調をもたない日本語母語話者にとっては初歩の段階でこれを確実に習得することがコミュニケーション成立のため不可欠である上、母音、子音も注意すべきものが多いため、初学者にとっての発音学習の重要性は極めて大きいが、本書はこの要求を満たしている。声調については、複数音節語(4音節語まで)の練習が収録されていることも特筆すべきである。
また、極めて豊富な資料編も出色である。言語学諸分野の研究者など、専門家のニーズに応えるばかりでなく、「漢字はわかるが発音できない」という状況にしばしば直面することになる学習者にとって辞典の役割も果たしている。特に、日本語での音読み、訓読みからも検索できる字表は、学習者にとって多くの手助けとなるであろう。
香港と深い関わりを持ちながらも、広東語は発音が難しい、とこれまでは敬遠していた潜在的学習者にとって、本書は大いに有用であろう。今後、本書のような発音に重点をおいた教材が他の言語においても出版されることを祈るばかりである。