心に重い印象を残す一冊
★★★★★
巻末の著者のあとがきに、アジア・太平洋戦争の後にシベリアに抑留された人が、日本に渡る鶴の足に手紙を巻きつけて送った話や、引き揚げに際し、戦友の遺書を、没収を逃れるために石鹸に穴を開けて、その穴に隠して持ち帰り、遺族に渡した話が紹介されている。
そのエピソードに、手紙というものが、それを書いた人の分身であるということを感じる。
本書には、おもに著名な方が、フィアンセやパートナーに宛てた手紙と、それにまつわるエピソードが紹介されている。
それぞれの、第三者に見られることを前提にしていない、飾り気のない心からの言葉が胸を打つ。
軽い興味から読んでみたのだが、内容と、読後の胸に残ったものは、ずしりと重かった。
涙と笑いと感動を呼び起こす、 美しくて悲しい手紙の数々。 および、愚かしくて恥かしい手紙の数々。
★★★☆☆
■どんなラブレターが収録されているか?
「世紀の−」とは、大仰なタイトルをつけたものだ。今世紀最高の、よりすぐりのラブレターを集めた本かと期待して読むと、肩すかしを食わせられるかもしれない。
『世紀のラブレター』は、前世紀、つまり明治から平成にかけての20世紀の日本の有名人、およびその恋人ないし配偶者ないし不倫相手ら、合計40数組の男女について、彼らのあいだで取り交わされた恋文を、それぞれ数通ずつ取りあげて、さわり部分を抜粋・引用し、みじかい解説を添えた本。雑誌『文藝春秋』2008年1月号掲載の「世紀のラブレター50通」を加筆してまとめた一冊。
■収録されていないものと、すでに余所に収録されているもの
もちろん、オスカー・ワイルドやヴァージニア・ウルフは登場しない。折口信夫や三島由紀夫らの名前もない。したがって、今日の英語圏における、この種のアンソロジーにおいては珍しくない、同性の恋人へのラブレターは、ここには収録されていない。
漱石から妻・鏡子宛て、向田邦子から妻子ある男性N氏宛て、柳原白蓮から年下の学生・宮崎龍介宛て、大橋恭彦から妻・沢村貞子宛て、などの手紙については、すでに他所で紹介されており、かなり知られているから、読書家の方なら、飛ばし読みして1〜2時間で読み終えてしまうかもしれない。
■ラブレターに、にじみでるバカっぽさ
「ふさ子さん! ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか」――帯広告に印刷するには持ってこいの、スケベおやじの好奇心をそそる、この言葉。あちこちで紹介されている、斎藤茂吉の、この手紙は、やはり笑える。
偉大な文学者の書いた、こうした滑稽な感情の発露を目にすると、人類という進化したサルの普遍的な愚かしさを、いまさらながら思い出させられて、一種の解放感と自己肯定の気分を味わうことができる。ちなみに、男女のうち、より真剣で、それゆえ、より愚かしいラブレターを書いているのは、たいてい男のほうだ。偉大な文学者でない私も、遠いむかしに、誰やら宛てに何やら長くて恥かしいものを書いて送った記憶が、脳の片隅にないでもない。
■皇室のラブレター
万葉以来の伝統を受け継ぐ皇室の相聞歌について紹介している第五章は、この方面の教養のない私には有益だった。明治・大正・昭和・今上の天皇・皇后夫妻に、現皇太子夫妻を加えた、計5代にわたる天皇家の人々の恋歌は、著者のいうとおり、意外にのびのびと愛情を言葉にしている。
明治天皇は、生涯に十万首の歌を詠んだそうで、うち約九千首が公開されているそうだ。いっぽう昭和天皇は生涯に一万首近い歌を詠み、うち865首が『おほうなばら』という御集に収録されている由。知らなかった。昭和天皇の一万首も大した数だと思うが、お祖父さんは、その10倍。伝統とは、すごいものだな。
■どんな人にオススメの本か?
ラブレターのアンソロジーとしては分量が少なく、ちょっと物足りない。「異色ノンフィクション」とカバー折り返しに印刷されているが、「異色」というほどユニークには見受けられないし、「ノンフィクション」というほど、単なる紹介の域を超えた独自の読み物になっているとも思われない。けれども、有名人のラブレターをほとんど、もしくはぜんぜん読んだことがない方にとっては、手頃で簡潔で親しみやすい入門書といえそうだ。
あの人がこんなことを?(笑)という驚き
★★★★☆
本書は硫黄島攻防の名将、栗林中将の人となりを描いた名著『散るぞ悲しきの』著者による作品です。前著と同様に「手紙」を精力的に猟集し、丹念に読み解いています。
(告白のためのものを別にすると)恋文というのは非常に無防備でその人らしさがもろに出るものですね。文豪や政治家など多士済々が取り上げられていますが、地位や風貌からは想像しにくい人物の一面、いやむしろ核心が浮かび上がってくるところがとても面白かったです。
さらにいうと、著者も文中で指摘しているように男性は意外な一面、女性はその人らしさが出ているのが印象的でした。男は仕事をするときは戦闘モードで虚勢を張っているということなのか、あるいは別の理由なのかわかりませんが恋愛という局面で男女の違いが恋文にも反映されているというのが興味深かったです。
前作『散るぞ悲しき』に非常に感銘を受けたのでそれに敬意を表してこちらは星4つとしましたが、面白さは星5つ分でした。