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永遠の故郷-夜

価格: ¥1,680
カテゴリ: 単行本
ブランド: 集英社
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言葉から音の流れへ ★★★★★

 外国で暮らしていたころよく友人の家で朗読会があった。朗読よりも、その日の楽しみは、鶏をトマトソースで煮込んだものやグラーシュのような肉の煮込みを食べながら、週末のプランを聴くことや音楽界の裏話を堪能することのほうがわたしは好きだった。だけれども、たしかに、そこには詩があった。ダンテの神曲をすべて暗記しているイタリー人の神父が解説付きで詩を唱えてくれたり、俳優みたいな声音を使ってシェイクスピアのソネットを朗読する人もいた。
 吉田さんの最新本を読んでまずうれしかったのはこの本には詩を通した暖かい声があることだ。何度も聴いてきたシューベルトの歌曲、「辻音楽師」だとか「菩提樹」のような曲を聴くたびに音楽もさることながら、その言葉に魅了される。言葉を通して味わった感興を音楽にするのだろう。わたしの知人もそうだった。彼はオーデンやヴァレリーに魅せられて彼らの詩に音楽をつけるのが好きだった。
 アイルランドに住んでいたとき、コーク湾の風景を見るのが好きだった。冬の雨ばかりの日々と違って、夏のコークはとても美しく、ヨーロッパの小さな都市の緑と石と煉瓦の風景が懐かしい。吉田さんの本を読んでいて、アーノルドの、
The Sea is calm tonight.
The tide is full,the moon lies fair
 というドーヴァー湾と題された詩が懐かしく思いだされる。わたしにも音楽を書く才能があったらヨーロッパのあの風景を描いてみたいものだ。
 
永遠の吉田秀和さん ★★★★★
よかった。吉田秀和さんが戻ってきてくれてよかった。吉田ファンの一人として心からそう思った。夫人を亡くされてから、何度か筆を置かれていた。もう吉田さんの新しい文章に触れることはできないかも知れないと思っていた。
終戦の年の8月15日に「汚れきった満員電車の窓から見廻すかぎり廃墟を明るく照らしている美しい夕暮れの光をみながら、私はさあこれから「本当の生活」が始まるのだと、そればかり思っていた。・・・『吉田秀和全集10』(白水社)」と書かれてから、今日に至るまで、変わることのなく、音楽について、文学について、美術について、人生について語ってこられた。私が一番好きなところは、観念的にならず、自分の感覚を大事にして、自然に何ものにもとらわれず、自分の頭で考えて、核心に迫っていく姿勢。だからこそ、時を経ても、輝きを失わない文章となっているのだろう。
この本の中には、随所に吉田さんの独特の言い回し、表現が出てくる。それが、昔読んだ文章を思い起こさせてくれて懐かしい。ひととうり目を通して、目をつぶってみたら、辻邦生さんの『手紙、栞を添えて』(朝日新聞社)の中の一文「エピローグ 風のトンネル」が浮かんできた。「人間が文字を書き、文字で生きているのは、精神があるからですし、精神があるのは私たちが永遠の中に生きているからです。」と。吉田さんがみているものは、辻さんがみているものと同じもの?
吉田さんのお仕事の最終楽章が、始まった。最後の一音は、どんな音だろうか?私にできることは、神様に吉田さんが夢をかなえられますようにと祈ることと、この本を「私の大切な人」に贈ること。