狸ばなしから百ケン風不条理、方言まで 野心的試みがぎっしりの「聞き取り」怪談
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平山夢明と言えば昨年推理作家協会賞を受賞、07年このミス1位獲得と高く評価された初短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』、第二短編集『ミサイルマン』のような、具体的かつ強烈に視覚嗅覚にまで訴えて来る緻密な恐怖・グロテスク描写が有名だが、それだけが持ち味ではない。心霊系体験談を聞き取り書きするシリーズ最新刊の本書には、ゾッとさせられるばかりでなく、予想外にジワっと涙腺が緩んでしまうような家族の情愛に満ちた話、とぼけた民話風味の狸ばなしも詰まっている。また1編が全て関西弁で書かれていたり、超ショートショートがあったりと、小説作品とはまた異なり、野心的かつ遊び心に満ちた試みがぎっしりで、のびのびと本当に好きな事を書いている印象がある。
子供のことだけは守らなければならないというモチベーションが働く、と常に語っている平山らしく、本書でも「ふたりかあさん」で幼い子供への慈愛、切なさ、優しさを短くも丁寧に表現している。また「残り水」では文体、語り手の置き方からも内田百ケン『東京日記』を彷彿させ、悪夢的な不条理さを醸し出している。
長い期間「賞」と無縁だった平山は昨年ついに大ブレイク、作家としての注文が捌ききれない程殺到している。「もう小説だけに絞り、怪談はやめるのでは…」という噂が巷間囁かれているが、前口上を見るとそんな多忙の中でも、実話怪談を愛し続ける姿勢に変わりはないようで安心した。「直接会う時間が取れなかったから」収録できなかった話もまだあるとのことで、ネットやメール全盛のこの時代に、「フェイストゥフェイスで語り合い、聞き取る」地道な作業を大切にする誠実さが伝わって来る。小説はともかく、怪談本を手に取るなんて子供っぽいから…と「ジャンル」や体裁で食わず嫌いするのは絶対損! ぜひ一人でも多くの方に読んで欲しい。