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日常生活のなかの禅 (講談社選書メチエ)

価格: ¥1,785
カテゴリ: 単行本(ソフトカバー)
ブランド: 講談社
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欲望とは? いのちの大切さとは? 自殺は? ★☆☆☆☆
南氏は、欲望を「自分であることの保証」=自己の根拠づけや「思い通りにしたい」=所有への思いと結びつけている。例としてグルメやブランド品への欲望を挙げている(49頁以下)。これらは動物的本能(生きるために必要なこと)とは明確に区別されている。
 先日、喫茶店で私の隣に座っていた女子高校生二人組みがケーキを三個づつたべていたのにはびっくりした。1000円でケーキ食べ放題のコースらしい。でもあんまり幸せそうに食べていたので、こっちまでうれしくなった。これって欲望の一つなの? こういったある意味贅沢なことをすることによってお金が回り、経済が活性化していくなら、必ずしも彼女たちの行為は否定できないのではないか。南氏にお願いしたい。欲望の具体的リスト一覧を示して欲しい。欲望を滅却することが、人間が苦しみから解放されるための決定的方法なら、仏教徒は、現代の社会において何が欲望なのかを具体的に示す義務があると思う。
 もう一つの気になった点は144頁以下の「いのちが大切になるとき」の部分である。南氏によれば、いのちは「大切な命と決まっているわけではないのである」。だから「死も選択肢の内で、自殺していけない理由はないが、あえて死なないと決意したとき、命は大切なものになる」(144頁)。南氏は命が大切であることの根拠はないと主張する。当事者が生きようと決意しないと「命の尊厳?」は生じない。この視点はおそらく仏教(曹洞宗?)のもつ決定的な視点だと思う。ただ私にはこの視点は全く人権感覚のない思想にしかうつらない。今のカトリックローマ法王があからさまに仏教を否定しようとする理由も分かる。もっともカトリックも聖職者の不祥事(児童に対する性的虐待)で大変だ。もう何も信じることができない。
禅思想入門の必読書と言えます。 ★★★★★
禅の道 オイゲン・ヘリゲル著、老子の思想―タオ・新しい思惟への道 張 鐘元著、禅と精神医学 平井 富雄著の3冊を座右にこの20数年間を過ごしてきたが、この著作は先の3冊に劣らずの名著と自分には思えます。ヘリゲルの本以来、禅関連の著作で久々に感動しました。P92『「関係」が「存在」に先立ち、「存在」を生み出す』これほど明解に説いてくれた思想書はありません。在家の人間が一度や二度読んだくらいで著者の心身一如の考えを理解できる訳はありません。この本が難しいなどと言うのなら、どの禅書籍を読んでも「半字も用不着」です。座右に置き一生読み続ける価値のある名著です。強くお勧めします!
哲学的「問い」を持つ人には共感できるだろう ★★★★☆
タイトルから判断して気楽に読めるような内容ではないが、「私は、何故私なのか?」「自己とは何なのか?」といった、いわば「哲学的(独我論的)問い」を今でも持っている人には共感できるのではないだろうか。著者は仏教の核心から、その問に対して真摯に答えている。修行による「自己の作り直し」は「他者への敬意」から、という主張には共感できる。(私は、修行によって「慈」の心を育てること、と読んだ。)最近は一般人向けの座禅会も多いようなので、著者の勧めに従って座禅をしてみるのも良いだろう。ただ、在家仏教者の修行実践としては、「ヴィパッサナー瞑想」の方が分かりやすく、入門しやすいと思われる。玄侑宗久さんなどの努力により、最近ではより親しみやすくなってきてはいるものの、いわゆる日本の「座禅」という修行方法には、まだ何かしら「近寄りがたさ」があるように思われる。
出家主義だな ★★★★☆
この内容だと、タイトルが間違っている、と思った。著者は「自己」や「生きることの意味」への、徹底的な探求者である。それは認める。だからこそ、彼の考えを「日常生活のなか」で真に生かすのは、ほとんど無理な話である。つまり、出家が必須となる。仕事や家庭から自由にならない限り、彼の発想に従うことは、たぶんできないだろう。この点だけをとってみても、著者は釈尊(ブッダ)や道元の思想を十分に理解しているといえる。仏教の核心に迫っている。だからこそ、万人にはすすめようもない。難儀な話である。

また、この本は、はっきりいって難しい。「思想・哲学書」と称すのが、もっとも適当だ。読んでいて、実存主義なり社会システム論なりを思わせる部分が、たびたびあった。そうした考え方になじみのない読者は、途中で投げ出したくなる可能性が高い。本書が想定している仏教は、良くも悪くもエリート的だ。それは仏教という宗教が内在させている本性でもあるので、仕方がないのかもしれないが。