言葉にならない思いを伝える本
★★★★☆
本書は、雑誌『クロワッサン』に連載したものを単行本化したエッセイなのだが、ちょっと、さらっと読んだ中に、日常の、わざわざ人に話すほどでもないし(オチがないし)、また言語化するのが難しい、けれど、心にそれなりのインパクトを与える風景を、うまく具象化させて表現しているものが(いつもながら)あり、腰を落ち着けて読んでみた。
あと、そうした何気ない出来ごとから、さらりと様々な小説の場面や情景を連想して、小説紹介もしつつ、その小説の語るものからも、意外に他の人も感じていることを(もしくはちょっと奇異なことも含めたユニークな見方も)そうした他の小説に憑依して、伝えようとしている。
たとえば、著者が子どもの頃に、既にこの世に存在しない祖母の存在を、どうしてもそれが存在したと掴みにくい感覚を、たまたま病院で近くに座っていた見知らぬ子どもの口から表現されたときに、ふと思い出したフィリパ・ピアスの小説。
動物を使った常とう句ながら、ナタリア・ギンズブルグの小説に登場する、ある父親の口癖、「なんというロバだ、おまえは!」という言葉は、言うタイミング、場面、その言い回しで、受け取り方も随分変わってくるだろうけれど、著者の紹介の仕方もあるのだろうけれど、何度も発せられるこの言葉に思わずプッと噴き出してしまいたくなる。
キャサリン・マンスフィールドの小説に登場する主人公の「繊細微妙」な感情の揺れや、それと、庭師の「どこかそれが眼にがあんとぶつかる所に」という言葉足らずだがインパクトのある、なおかつ、ツボに入るような表現との兼ね合いが絶妙で、またそれを紹介している著者の紹介の仕方が絶妙だ。(もう全部内容が分かった気がする)
また友人のある恐怖症と遺伝の話から、似た例がジョン・チーヴァーの作品にあること、同僚との何気ない会話から考えた、ちょっと古風なカップルのデートの定番、使いやすい鞄を探して行き着いたフランスの郵便配達人のそれと、ある遣り取り、幸福のかたちを自分なりに信じることで掴む、生きていく力、「モナ・リサ」の絵に隠れている2人の女性、など著者に紹介されると読んでみたいと思う本が多数ある。