罪なくして斬らる―小栗上野介 (人物文庫)

明治維新の単なる犠牲者 ★★★★☆

この小栗上野介は中級の直参旗本の家に生まれ勘定奉行、外国奉行などを勤め横須賀造船所の基礎を築いたわけですが幕府が消滅するに至って知行地へ行き自分の屋敷を整えていた時官軍の原保太郎・豊永貫一郎らに斬首されます。この本には書かれていませんでしたが原、豊永に命じたのは官軍の総督有栖川宮です。原保太郎・豊永貫一郎らが手柄をあせったようにも見られますが何とも後味の悪い終わり方です。
最後の方で東郷平八郎が小栗上野介の娘にかつての官軍の非道をお詫びをするシーンがありますが読んでいてあまり嬉しくなりませんでした。

ただそれ程考え込まなければいい本だと思います。

勝者の歴史 ★★★★★

現在、私たちが目にする歴史の多くは勝者の歴史であることが実によくわかります。恥ずかしながら小栗忠順という人物を私は知りませんでした。当然明治維新は坂本竜馬、高杉晋作、西郷隆盛に代表される薩長土と勝海舟に代表される徳川家でも薩長贔屓の人たちにより行われ、彼らの先見性により列強の仲間入りを果たすことができたのだと信じていました。まさか徳川家にこのような考えを持った人物がいたとは目から鱗でした。歴史書を疑うことの必要性を強く感じました。

小栗上野介の業績を正しく認識させてくれる ★★★★☆

これまでの歴史書や歴史小説では、ほとんど取り上げられることが無く評価の低かった幕末の隠れた英雄である小栗上野介に光をあてた歴史小説。

近代日本海軍の礎を築く上で、重要な役割を果たした横須賀造船所の立案・建設に奔走し力を尽くした経緯を中心に、小栗上野介の実像が描かれていきます。日米条約批准のための遣米使節に選ばれアメリカのこの目で見てきた小栗は、これからの日本が西洋の大国に伍していくためには、徹底した幕政改革および海軍の増強が必須であることを悟ります。その点では同じく渡米した勝麟太郎（後の勝海舟）と基本的には同じ考えなのですが、二百数十年の長きに渡り徳川家の高禄を食んで来た小栗家の惣領として産まれ育ち、骨の髄まで幕臣であった小栗と、下級幕臣であり徳川幕府の呪縛からはより自由であった勝との間には、いやが上にも確執が生まれてきます。その確執も最後には相互理解に向かうのですが、その時には残念ながら小栗は最後の徳川将軍である慶喜から罷免を言い渡されてしまいます。

しかし、やはり本書の最大の読みどころは、横須賀造船所の立案・建設・保存に奔走した部分でしょう。フランス公使ロッシや横須賀造船所建設の総責任者ヴェルニーとの交遊も心温まるものがあります。また、小栗の死後、何十年も後にロシアのバルチック艦隊を壊滅させた東郷平八郎による感謝の言葉には目頭が熱くなりました。

最後に、あくまでも私個人の好みと断った上で本書全体の感想を述べさせてもらいます。著者は小栗上野介という人物をどちらかと言うと客観的に描いており、彼の業績を正しく認識させてくれるという点では評価できますが、主人公に感情移入しきってしまえるような描き方をする司馬遼太郎のファンである私にとっては、その客観性が今ひとつ物足りなく感じました。と言うわけで、私としては星四つの評価になりました。さて皆さんはどうでしょうか？

時代を駆け抜けた悲運の幕臣 ★★★★★