古代史を背景としたミステリー
★★★★☆
飛鳥路を歩く新進気鋭の考古学者高須通子は、ふとした偶然から殺傷事件にまきこまれた保険外交員海津信六を助けたが、海津はかつて古代史の俊英学者であった。高須は梅津と意見交換をしているうちに、日本の飛鳥の謎を解く鍵がイランにあると考えるようになり、イランへと旅立つ。
イランから飛鳥へという広い射程の歴史学を横軸に、才能がありながら機会に恵まれない女性考古学者、その毒舌故に多くの敵を持っている博物館員、そして女性問題で学会を追われた学者の人間ドラマを縦軸にして物語は進んで行く。
圧巻であるのは、この小説の中で高須と梅津の会話や書簡が、或る意味で1つの優れた考古学研究となっていることである。このような小説は古今東西で存在しないであろう。
松本清張はこの小説を書くために、何人もの考古学の権威者と意見の交換を綿密に行っている。またイランでのゾロアスター教の遺跡などの描写も精密かつ、心に訴えるものがある。しかしそれが故に読者にはかなり難しいと感じられる部分も多い。
少し残念なことがある。それは縦糸とも言うべき現代の人間ドラマは歴史の力強さに比べてかなり弱い。松本清張の能力の大部分が古代史に費やされていると言うべきかもしれない。
この小説は新聞小説だったので、或る程度期限に追われたであろう。そのことを考えると仕方ないかもしれない。
しかし作品の完成度を考えると、後で加筆してもらえたら凄いものになっただろうが、膨大な作品数を残していく松本清張にとっては、加筆の時間はなかった。