父と弟たち
★★★★★
2002年に扶桑社から出た単行本の文庫化。やたらと文字が大きく組まれている。
著者は古今亭志ん生の長女で、金春亭馬生と古今亭志ん朝の姉に当たる人物。
父親、弟たち、母親、妹という「志ん生一家」についての思い出を語ったもの。なかでもみんなの死に際に焦点が当てられている。
「血筋」のせいかは分からないが、ものすごく語り口が上手い。ユーモアがあり、情愛に満ちており、特に死のシーンでは、読んでいて思わず泣きそうになってしまうほどだ。
薄い本だが印象深い。
おすすめ。
古き良き家族の肖像
★★★★★
「俺、あの寅さんの家族の気持ちがよぉくわかんだよ。本人はそりゃ、いいよ。
好き勝手なことしてんだから。けど、家族は大変なんだ」とは、志ん生の長男・馬生の言葉。
ここに一家の悲喜こもごもが表れている。
天才噺家を家長に持った彼ら(家族)が背負わざるを得なかったものの大きさは、計り知れない。
天才が身近にいるのは、濁流に飲み込まれるようなものだ。
周りの者は、圧倒的なパワーに問答無用で巻き込まれていく。
しかし、男であるがゆえにおのずと父と同じ道を歩むことになった二人(馬生、志ん朝)とは異なり、
著者は一歩引いた裏方として、家族のことをあたたかく見つめている。ちょうど彼女の母がそうであったように。
著者にとって志ん生は、噺家である以前に父親だった。その父親のダメっぷりといったらもう・・・。
それをすべてひっくるめて、許し、さらには尊敬すべき存在であった志ん生は、やっぱり特別な人だ。
決して一般的ではない家族だが、“古き良き、ある家族の物語”としても楽しめる良書。
すばらしい江戸下町言葉の力
★★★★★
父親に「志ん生」、弟に「馬生」「志ん朝」を持つ、美濃部家の長姉による回想録。
志ん生の、売れない時代の貧乏話や、空襲に「ただもう闇雲にターッてはしってっちゃうんだから。そいで迷子になっちゃう。だから、あたしたちが後を追っかけて、捕まえんなきゃならないんですよ」という情けなくも滑稽な話。二人の弟の、人物や芸風についての身内にしか語りえない話など、薄い本なのに内容の濃さは驚くほど。志ん朝の鰻断ちの話など、特に泣かせる。また家族を陰で支え続けた母への愛情と愛惜に満ちた記述は、娘ならではのもの。
切れのいい江戸下町言葉と、人間としての生地の良さがそのまま出た率直な語り口は、ここにも一人の名人がいると思わせるほど。
活字も大きく、ゆったりと組んであり、読みやすい。写真もすばらしい。
文庫版あとがきも、いい文章だ。
なぜか涙が出る
★★★★★
古今亭志ん生師匠が奥様に先立たれ、朋友桂文楽師匠の訃報に接して大声で泣くところ、
その師匠の臨終の様、特に「おむつを〜」のくだり、
金原亭馬生師匠の優しさ、
古今亭志ん朝師匠が好きな鰻を我慢していたこと・・・
飾り気のない言葉で淡々と語られる、希代の噺家一家の舞台裏に触れ、
なぜか涙が溢れてくる好著です。
志ん朝で王朝は途絶えてしまったのか?
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若い頃売れなくて、戦後ブレークした志ん生、その長男として違う芸風を目指し、ややジミだった馬生、華やかで正統派だった志ん朝の三人の違いと共通点をきめ細かに書いてくれてある。
この美濃部家の雰囲気が王朝を作ったのであろう。
しかし、今となっては・・・・
三人とも酒で死んでしまったというのも談志の言う「業」なのかなあ。
色々考えさせられる一冊でした。