これは見事な邦題です
★★★☆☆
これに関しては邦題の的確さを認めましょう。原題だけではおそらく手に取ることはなかったかもしれません。主人公は、邦題のとおり、この通りなのかもしれません。ミーハーになってしまいますが、私はこの通りがパリで一番好きなのです。パリはどこも近くで見ると幻滅させられる通りが多いのですが、この通りだけは別なのです。この通りに足を立ち入れて遠くを一望した瞬間にそれは知覚されます。スノッブな店が立ち並ぶ通りなので、落ち着くというのではないのですが、実にきれいで整った一角なのです。その中にあるカフェ、劇場、シャンゼリゼ劇場そしてあの「プラザ・アテネ」ホテルが舞台となります。そしてこの芸術の伝道に関わるピアニスト、女優、オークションへの出品者そして劇場のコンシェルゼらが中心となります。人生の分岐点や終点で戸惑うこれらの芸術家やその周りの人々の日常に闖入してその後の方向性を決定付けるのがカフェで働く女性主人公というわけです。もう一つの売りは音楽です。ベートーヴェン(ピアノソナタとピアノ協奏曲第五)そして懐かしいベコーやアズナブールらの曲が実に見事に挟まれます。最後の展開は予想されたハッピーエンドへ収斂していきますが、納得のいくものです。
みんなが主役
★★★★☆
みんなが主役であると感じる群像劇のような映画。
カフェにやってくる様々な職業の人たち。
有名ピアニスト、映画女優にあこがれる昼ドラ女優、
タクシードライバーから成り上がった美術収集家・・・・
一見華やかな世界にいる彼らにもある、日常で感じる何か満たされない虚空感。
彼らがやってくるパリのカフェで働く事になったジェシカ。
彼女のちょっとした行動がそれぞれの運命を変えてゆく。
群像劇によくある ややこしさや難しさはなく、とても見やすい映画でした。
フランス映画の良さがすごく出てると感じました。
セレブ達も普通の人間
★★★☆☆
ピアノを弾くことに疲れたピアニスト。生涯かけて集めた収集品をいっきにオークションに出品しようとする資産家。理想とはかけ離れた舞台に出演する女優。一見華々しく見えるセレブ達だが、中身は紛れもない一人の人間。不満や想いを抱えて生きている。そんなメッセージを、ジェシカという普通の女性が、セレブ達が集まるカフェで働きながら、いろいろな交流を描き、物語は進んでいく。セレブ達とジェシカの対比もよかったし、なによりジェシカを演じるセシール・ド・フランスの華やかな表情が素敵。パリの風景も印象的だし、映画を彩るメロディもあたたかい。セレブじゃない普通の人間の自分にとって、素直に共感できる映画でした。
ある種の幸福論
★★★☆☆
ピアニストはコンサートホールで堅苦しい演奏をすることに疲れ、大衆に病人に音楽を知ってもらうことこそ自分のやりたいことだと強く思うようになる。
美術品収集家は、タクシードライバーから成り上がった人生だが死を間近に感じて収集したものをすべてオークションにかける気分になる。
昼メロのドラマに出演し大衆にファンが多くいる女優は、そうしたファンを馬鹿にし、自分は映画女優への道を諦めきれない。
セシル・ド・フランス演じる主人公ジェシカは、ウェイトレス。サンドウィッチのデリバリーなどを通じて、パリ8区のこれらセレブ達の主観的に不満足な人生をかいま見ることになる。彼女自身はけっして裕福ではないけれどもとくに人生に不満も抱いておらず自然体でおおらかに生きている。ジェシカは、主人公でありながら、セレブ人生を相対化するためのアンチテーゼ的役割を担っている。
してみると、テーマは意外と凡庸である。
ただし、凡庸なテーマでありながら陳腐にはなっていない。階級格差をステレオタイプに演出するのではなく、あくまでも各階級に属する個人が描かれているからだ。これがフランス映画を見るたびに思うすごいところ。
なお、監督の解説によれば、コメディとのことだが、とくに笑えるところはなかった。しかし、コメディの定義がきっと喜劇というようなニュアンスなのだろう。
セシール・ド・フランスの笑顔が太陽のように魅力的
★★★☆☆
セシール・ド・フランスの笑顔が本当に太陽のように魅力的。
すごく前向きでチャーミングな女の子役で、みんなをハッピーな気分にしてくれます。
原題は「Fauteuils d'orchestre(オーケストラの座席)」。
劇場ではみんないい席を取ろうとする、少しでも前の席を。つまり、人は人生でも皆席を探していて、とにかく前でいい席を好む人、前でなくても快適な場所でできれば誰かと一緒にペアで座りたい人、座らずに立っていることを好む人…人それぞれだけど、自分にぴったりフィットする席を選べばいい。なかなか深いメタファーだと思いました。こういうコメディにも人生とはなんぞや?という問いかけがあちこちに潜んでいる大人のエスプリ満載のフランス映画はやっぱりいいです。