アレントの入門書としても良いのでは?
★★★★☆
後期のインタビューや小論がメインで構成されています。
哲学的側面の強いものとしては「道徳哲学のいくつかの問題」や「思考と道徳の
問題」等、「思考の欠如態」としての悪を出発点に考えており大変面白いです(後の
『精神の生活』の原型となっているよう)。また、編者のジェローム・コーン
が書くように、判断力についての論考が多く、未完のままの『判断力』の巻について
考える一助となるでしょう。それ以外にも、当時物議を醸した「リトルロックについて
考える」(黒人の白人学校への入学を論じる)等があります。
全体に大変読みやすいということもあって、『イェルサレムのアイヒマン』や他の著作
とあわせて読む意義のほか、アレントに親しんでいない読者でも比較的楽に
読むことができるのではないでしょうか。
ただ、一点だけ難点があるとすれば、他の著作との訳語のずれです。actionが行動or
活動、activityが活動ですが、『人間の条件』だとactionが活動で、マイナスなニュアンスの
behaviorが行動だったりします。actionはアリストテレスのプラクシスなので、
行為と訳したほうがいいと思いますが(その訳が一番多い)、ともかく
ある程度他の著作と訳語の整合性を取ってもらえるともっとありがたかったです。
『人間の条件』とか『アイヒマン』などと読み合わせるとき、すりあわせに若干疲れます。
大戦前後に見られた道徳観の変動、「悪の凡庸さ」で表現されたものの恐ろしさの意味が理解できる、アレントの入門書のような一冊。
★★★★★
これまで未刊行の、アレントの講演や講義録などをまとめた一冊である。
ユダヤ人として大戦を生き抜き、悪や善について、人間としての行動について思考してきたアレント。アレントはなかなか難しい。簡単に結論を提示してくれずに「自分で考えろ」と渡されてしまうこともある。しかし、ここに集められているのは「語りかけられた」ものなので、随分わかりやすくなっている気がする。難しくてこれまで悩んでいた人はまずこの一冊を齧ってみれば少しは消化し易いかもしれない。それぞれ独立した講演録や講義録なので、重複する内容も随分あるが、それもかえって「どういう議論にこの結論がでてくるのか」を多角的にみることができてよいとも言える。アレントの入門書にもなりそうな一冊である。
「絶対的な悪」を思考してきたアレントがアイヒマンの裁判に「悪の凡庸さ」というもっと恐ろしいものをみつけ、執拗に考えた跡が、ここにある。とくに後半の、「判断」として集められている講演の内容には、そういう思考を続けてきたアレントが現状に対してどんな判断をしているか、も見て取れる。
残虐な行為に携わった人々は特別な人ではなかった。その「悪の凡庸さ」をアレントは「思考の欠如」と理解した。「思考の欠如」だと少々「病的な異常」の意味合いが残る気もするので、「思考、判断の停止」と考えた方がよいかもしれない。どちらにせよ、そのようなことは誰にでもおきうることで、実際に起きたということが恐ろしいのである。
本書に収められた文章はわかりやすいもの、とはいってもアレント特有の難しさはやはり残る。編者の解説はそれぞれの文の背景やアレントの対応を補足してくれる。翻訳者は編者の解説を更に補足して文章の内容を説明しているが、本当に内容説明のみなので翻訳者中山元のきちんとした「解説」も読みたかったと思う。
ホロコーストの後で我々はいかにして考え、判断するのか。
★★★★★
とても面白いです。「イェルサレムのアイヒマン」での議論がさらに深まっています。講義集なので読みやすいです。アレンとは晩年、思考と判断について考察し、「精神の生活」を著しましたが、同書で「判断」について書く前に急逝してしまいました。
本書は未公刊の講義をコーン氏が編集したものですが、アレントが判断について考えていたことをうかがうことができます。翻訳も分かりやすく、また訳注も豊富です。