中井久夫氏は精神分裂病への深い洞察と共感により、現代精神医学の一学派を築いた一人である。氏は多くのエッセイを書いている。氏の文学への傾倒は、生後2~3歳でこの世のものへの関心の芽生えとともに開始された。年少期からのたぐいまれなる記憶力は、早熟な文学少年であった氏の「心の風景」が視覚、聴覚とともによみがえり、読む者への共感をよびさます。「記憶」、「意識」への複雑な考察は一般人にも「なるほどそうだったのか」と思える部分も多い。氏はまた、幾何学的才能にもめぐまれ、ロールシャッハ投影法への考察、ヴァレリーの詩「若きパルク」への建築的考察は、秀逸の文章である。