知的なエッセー集
★★★★☆
精神病でも特に分裂病の専門家、中井久夫氏のエッセー集。権威風を吹かせる多くの国立大学教授らしからぬ、人間を暖かく見つめる著者の基本的姿勢が、知的センスあふれる文体で綴られる。大学時代の下宿先の婦人、学園紛争、ウイルス研究から精神科への転向、神戸大学精神病棟設計、阪神淡路大震災の体験などの折々のもの。本のタイトルにもなった「家族の深淵」は分裂病患者の往診をしたときの経験談であるが、私の独断的読後感としては、(現代精神医学では患者の生い立ちや家族関係が大きなキーワードだけに)個人の内面を深く掘り下げる中井氏のスタイルは前世代の学者と言えるかもしれない(もちろん悪い意味ではない、誤解のなきように)。