単純な議論
★☆☆☆☆
大学院のゼミで取り上げたが批判のオンパレードだった。フェミニズム研究としては理論的には10年くらい古いし、難解な言説を取り除いてしまえば、言ってることは薄っぺらい。話題の「自衛隊」を舞台にしたってだけの本。自衛隊が日本の他の同類組織(例えば、警察、警備会社など)とどう違うのか、他国の軍事組織とどう違うのか、自衛隊外の女性からのまなざしなど、もっと考察すべき点があったはずだ。一部の左翼活動家が好みそうな本だが、一般の女性読者には相当の極論に聞こえるはずだ。象牙の塔のなかで一生懸命ジェンダーを勉強しましたっていうタイプの本。欧米のジェンダー理論(といっても相当古めだが)を当てはめて権威づけようとするのはみっともない。もっと曖昧で微妙な日本のジェンダー感覚まで目配りした分析を期待したい。
組織への参入
★★★★★
男性を範型として構成される近代的な組織に女性が参入するときの困難を、軍事組織はわかりやすく示す。日本の近代組織の公定イデオロギーは、今のところ「差異あり平等」どまり。つまり、男女間に微妙な差異はあるけれども、女性労働者は母性を背負わされた存在っていうくらいのイメージでその先が改善されない。そのような公定イデオロギーをもつ組織に女性が参入する時、それぞれの構成員にはどのような変化が起こるのかをこの本はあきらかにしている。
どうも軍事組織の場合、組織の性質に適した志向性(軍事組織志向)を獲得していくらしい。つまり、男性は伝統主義的(女は劣る! 平等でなくてよい!)に、女性は「エリート」女性(断固平等をもとめる派)と「普通」の女性(伝統主義者や、差異はあるけど平等だよ派)に二分化される。前者はプロフェッショナルとして。後者は男性との軋轢を避けようとして。
それで軍事組織は、「普通」の女性の根拠を理由に、女性全体の総体評価を低くする。そのために、エリート女性は「普通」の女性を疎んじてしまい、両者の間に軋轢が生まれてしまう。
おそらく、この現象は、私企業における総合職女性と一般職女性の分断にも拡張できる。組織比較研究の道を開く画期的な本である。
軍隊の女性
★★★★★
イラクへの自衛隊派遣延長が決まり、インド洋大津波の被災救援にも海上自衛隊が派遣されるなか、数多くの女性隊員が、その第一線で活動していることは最近徐々に知られつつあるとはいうものの、その全容についてはまだまだ理解が行き届いていないというのが実情であろう。
本書は、この日本の軍事組織=自衛隊の女性にフォーカスし、彼女たちの具体的な活動内容や職場における困難、ジェンダー政策史や表象史などの歴史的変遷、等々、およそ「女性自衛官」に係わるありとあらゆる問題系を網羅的に取り上げ、その現状を適確に整理・分析し、体系化を図る勇猛果敢な取り組みである。
軍隊に対する女性の関係を、「被害者としての女性」という一枚岩のものとして見るのではなく、自衛隊が女性たちに何かを与えつつ、彼女たちから何かを得ていくその仕組みを正確に見つめようとする筆者の姿勢には男性の私が読んでも大いに共感できる部分が多々ある。自衛隊の現役女性隊員や防衛大学校の女子学生から丹念な聞き取り調査を行い、これまでベールに包まれていた「自衛隊」という日本の軍事組織のあり様を浮き彫りにした本書は、秀逸な自衛隊論でもある。
男=体力=一流/女=母性=二流?
★★★★★
この本を読んでいて面白かったのは、自衛隊が人材不足解消と国際的なジェンダー平等化の動向を背景として、その政策を平等化の方向へと進めながらも、結局は、男=体力=一流/女=母性=二流の戦力といった二元的な枠組みを保ち続けたことを明らかにしている点である。ここで自衛隊は、組織として、こうした公定イデオロギーを保ち続け、男女間の差異志向は維持したまま、平等志向を目指そうとしているものとして捉えられている。つまり、女性を可能なかぎり組織内に参入させつつも、実際の組織においては周縁化するというジェンダー編成をつくり上げ、「例外としての一流の女性自衛官/防衛大生」を最大限利用しつつ、「女らしい二流の女性自衛官/防衛大生」の評価を一般に拡張することで、そのイデオロギーを構成員の手によって組織的に再生産し続けているというのである。
日本において「軍事組織と女性」の関係を問う場合、これまでもっぱら、組織の外部にいる女性の視点から扱われることが多かったのに対し、本書は、組織の内部にいる女性の視点から「軍事組織とジェンダー」を扱っている点においても、従来のジェンダー研究からは見出されなかった問題が浮き彫りとなっており、説得力のある実証研究であると言えるだろう。