結局は泣きました(笑)
★★★☆☆
キリスト教徒の聖人。聖フランチェスコを描いた作品です。
個人的な意見ですが。
ざっくり説明するなら「ブラザーサン シスタームーン」と
「剣と十字架」の中間に位置する作品といったところでしょうか。
「ブラザー…」のような初々しさではなく、「剣…」ほどの生々しさでもなく。
ミュージカル風でもなく、ドキュメンタリーでもない。
どっちも苦手の人には、調度よい作品なんだろうし、微妙っちゃ微妙かも(笑)
ギラギラとかエロスとかは、私はあまり感じませんでした。
(確かに、雪の中で子供(?)を作っちゃうところには笑ったけど♪)
ただ私は、いつの間にか泣いていました…。
「ブラザー…」「剣…」「フランチェスコ」いずれも、泣いてます。
そこには「聖フランチェスコ」という、現実に生きた人の心が
どの作品にも流れているからなんでしょうね。描き方が多少違っても…。
犠牲の多い頑なな生き方に、諸手を挙げて賛成!とは言いにくいし
宗教の違い(私は仏教徒)のために、真髄をちゃんと理解できているわけでもありません。
それでも。聖フランチェスコに憧れてしまうんですから、宗教を超えた偉人なんですよね、きっと。
レスにもあったように。ある程度、聖フランチェスコについての知識がないと、楽しめない作品なので
その辺はご注意くださいね★
感動しました。
★★★★★
同じ聖フランチェスコを描いた映画で「ブラザーサンシスタームーン」を以前に見ていたせいか、ミッキーロークの演じるフランチェスコはあまりにもギラギラした、エロチックな感じを受けました。
そのギラギラしたフランチェスコが、物欲や性欲にとらわれて生きる生き方に空しさを感じ、そのような生き方を捨てて、真実を求めている姿に感動しました。
イエスキリストが十字架につけられた時、釘を打ち付けられた場所と同じ場所から血を流したフランチェスコは、その時、イエスキリストの苦しみや愛を知ったのだと思いました。
それが、真実を祈りもとめたフランチェスコに対する神様の答えだったのだと思います。
とても感動しました。
すごく宗教的な映画だと思いました。
きっとキリスト教や宗教に興味のない人が見たら、全く面白くない映画だと思います。
この映画に関して、ミッキーロークのエロチックな部分の宣伝が多い中、この映画は、そのようなことを描いているのではないと思いました。
イタリア語版について
★★★★☆
今回発売されるのは、おそらく去年開催された「リリアーナ・カヴァーニ映画祭」でのヴァージョンでしょう。作品の出来は素晴らしいのですがミッキーの声がイタリア語に吹きかえられていて興ざめでした。
必ず観るぞ!
★★★★☆
あの女流監督リリアーナ・カヴァーニが、ミッキー・ロークに惚れ込んで撮り上げた渾身の作。当時の彼は、「ランブル・フィッシュ」「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」「ナイン・ハーフ」「エンゼル・ハート」等、すばらしい監督とキャスティングに恵まれ、色気も抜群だった。
物語は、金持ちの放蕩息子が神の啓示を受け無一者となり、数々の試練を乗り越え聖痕を授かるまでを描いている。実在の人物をモデルにしているが、果たしてミッキーでよかったのか、それまでのカヴァーニ作品と打って変わった崇高な雰囲気に、正直とまどった。
ただ、あの「ハリー・ポッター」やティム・バートン作品でおなじみの、若かりしヘレナ・ボナム・カーターのお姫様ぶりが思い出される。
しかし、今回の発売は当時見ることがかなわなかったノーカット版ということで、20年前の感想とどう変わるかも含めて、必ず見たいと思う。
後に、聖人の列に加えられる男をミッキーロークが熱演する問題作。
★★★★☆
見所はやはりミッキー・ロークの演技だろう。
アカデミー賞候補になってカムバックした今でも、「エロサス俳優」、「顔ボロボロの奇人」みたいに思われてるかもしれないが、見ていて気づいた。
演技に関して彼は間違いなく“アクターズスタジオの直系”なのである。
彼の感情の吐露の仕方などにはジェームズ・ディーンやマーロン・ブランドの演技と共通点が多数発見できる。
全身全霊で「大地と交わる」描写も全裸でこなす。
大地と交わるといっても、『グレートハンティング』と違い、彼は雪と交わる。
しかも子(!)も設ける(笑)
ある人が言うところには、「演技とは自分の隠したい負の面を全てさらけ出すことである」という。
その点において彼は全身で演技している。
そんなところも、チェックしてぜひ見てみてください。
ヒロイン役のヘレナ・ボナム・カーターは若く、今ほど癖のある顔には見えない。
「村の美人なお嬢さん」で通る初々しさを持っている。
個人的には全てを棄てた息子に、病床の父親が「十字軍に参加し、騎士になった」と幻想を信じ込んでるところがとても切なかった。
結果としてフランチェスコは「聖フランチェスコ」という聖人(セイント)となり、フランチェスコ派修道会は今にも残る立派な宗派となった。
しかし、フランチェスコが大きなことを成し遂げる為に、自分にも、他人にも多大な犠牲を払ったことも忘れてはいけない。