ところがまれに、「きまじめ」な「正論」をつづっていながら、というよりは、むしろそれだからこそ光彩を放つ書物が存在する。さしずめ本書はその好例となるものだ。著者が新聞・雑誌などに寄稿したエッセイをまとめたもので、発表媒体や形式はいろいろだが、どの文章もテーマは「命」という1語に集約される。著者が折にふれ、人間の生と死に向きあおうとしているからだろう。心に残った言葉や文章への思いを率直に語り、息子や知人の死、医療問題、「えひめ丸」沈没や同時多発テロのような社会を揺るがせた事件について、真剣な考察を巡らせる。アメリカの軍事行動へ向けた批判、インターネットの匿名性に対する警告など、奇をてらうことのない呼びかけも目につくが、そのストレートさが逆に清新な印象を与えている。また、長じてからの絵本再読をすすめたり、感性を耕すには「悲しみ」の感情が大切というような主張には目を開かれる人も多いだろう。エッセイ集というより「人生論」と呼ぶのがふさわしい1冊である。
とはいえ、ここで語られるのは抽象的な議論ではない。在宅ホスピスで生を充実させ死んでいった人々、書くことに魂を燃やした神谷美恵子、大自然の向こうに宇宙の響きをとらえた写真家・星野道夫など、短い文章のなかに、さまざまな人生が凝縮されている。実在の人物や体験、見聞から、著者なりに「生きるとはなにか」「死ぬとはどういうことか」という問題へ答えを出そうとしているのだ。そのため、一篇一篇の密度がきわめて濃い。本書だけで、何冊ものノンフィクションを読んだかのような手ごたえを覚える。
そうした重さにもかかわらず、本書のたたずまいがすがすがしいのは、著者が大所高所から社会を見ていないからだろう。その筆はあくまでひとりひとりの人間を照らし出し、類型へ押し込むようなことはない。文章のはしばしから、命をいとおしむまなざしがはっきり感じとれるのである。(大滝浩太郎)