丁寧な説明で分かりやすい
★★★★☆
前提となる知識、学説などが平易な言葉で丁寧に説明がなされており、大変分かりやすい。
また、古事記や日本書紀についての緻密な統計的分析は称賛に値すると思う。
しかし、自説の主張において、時折、強引なものが見られて残念であった。例えば、次の通りである。
「高天の原に氷木たかしりて」という文章は、「高天の原にもとどくほど」という意味の文学的表現が定型化して、いろいろな土地で宮殿をつくるときに用いられるようになったもののようである。文例の(10)と(15)とは、出雲の国に宮殿を定めるとき、文例の(18)は、九州の高千穂に宮殿を定めるときにのべられている。〜(中略)〜
なぜなら、『古事記』上巻において、「高天の原にもとどくほど」という意味のことばは、かならず出雲とか、高千穂とか、北九州以外の地で用いられている。〜(中略)〜それは、「高天の原」が北九州であるためと考えられる」(P.153)
そのような表現がとられていないことが「高天の原」であることの根拠になるのであれば、出雲と高千穂以外の地が全て候補となる。また、北九州で正式な宮殿が定められた記述がないのだから、北九州の地でそのような表現がなくても至極当たり前であり、むしろ、正式な宮殿が作られた上でそのような表現がとられていない大和の地の方が「高天の原」の候補地として相応しいことになってしまう。
そもそも、「高天の原にもとどくほど」という表現が、北九州などの特定の地を意識してのものという考えに無理があるであろう。
また、魏志倭人伝に記載された1里を実際の距離から100m弱と算出し、著者の邪馬台国北九州説の根拠としていて、著者の説明のみを読むと一見説得力がある。しかし、同じ魏志倭人伝には、伊都国から水行10日、陸行1月などという記述があり、邪馬台国が北九州であるならばそんな日数がかかるわけがない。このような記述には一切触れず、何の説明もなそうとしていないのは残念であった。
箸墓は卑弥呼の墓なのか?
★★★★☆
箸墓古墳が卑弥呼の墓だったと発表された。一部マスコミの報道ぶりを見ると、旧石器捏造事件を思い出した。性懲りがない。邪馬台国論争は、玄人、素人入り乱れた百家争鳴の世界ですが、マスコミを利用して大々的な宣伝をくわだてるやからがあとをたたないのは寒心にたえない。安本氏も黙っていられなくなったとみえ、本書を上梓されました。
安本氏は、邪馬台国北九州説の論客です。安本説の骨子は、記紀に記された皇室の歴代は正しいと仮定し、皇室の先祖の在位年代を統計的手法によって客観的に推定する。すると、天照大御神の在位年代は卑弥呼の年代と重なる。一方、記紀に現れる地名を詳しく調べ、高天原は出雲の西に位置すると結論する。そして高天原の主要な地名が北九州朝倉の地に残存していることを示し、卑弥呼は天照大御神であり、邪馬台国は北九州にあったと論証します。
安本氏の論証方法は仮説の検証であり、絶対的な正しさを保証するものではないが、中国の古文献、わが国の古文献、神武東遷伝承、考古学上の諸発見と矛盾しない点が優れている。邪馬台国畿内説は、記紀の伝える神武東遷と両立しない。記紀は天皇家の支配を正当化するための作り話で信用できないという意見もありますが、わが国の古文献と矛盾しない説のほうがやはり説得力があります。本書は、新見解が披露されているわけではないが、安本説の要約として一読の価値があります。