ユーモアいっぱいの短編集
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「山椒魚」は井伏鱒二の代表作と知ってはいましたが、初めて読んでみて、その短さ(正味10ページ)と複雑な山椒魚の気持ちや感情の揺れを、まるで山椒魚が人間であるかのように表しているところに大変興味を持ちました。
この本には、その他、「鯉」、「屋根の上のサワン」、「休憩時間」、「夜ふけと梅の花」、「丹下氏邸」、「槌ツァと九郎治ツァンはけんかして」、「へんろう宿」、「遥拝隊長」の短編7編が収録されいます。
特にお気に入りは「槌ツァと九郎治ツァンはけんかして」です。子どもたちがお父さん、お母さんをどのように呼ぶかで、その村での階級的区別がつき、少しでも上の階級を目指すために、東京や大阪の言葉を取り入れようとする、明治初めの村でのちょっとした流行を、当時少年だった作者の目を通して、まじめに、かつ面白おかしく書いています。今でも地方にいけば多少なりともこのような話がありますが、あまりにも画一的、平均的でつまらなくなった現在の日本語を考えると大変興味深い短編だと思います。
「鯉」、あります。
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ご存知井伏氏の短編集。氏の軽妙なユーモア、余韻を残す文章、詩人の眼による描写を堪能することができる。他にもいくつかの出版社から出されているが、同じ文庫でも値段や収録は様々。一番手頃でメジャーなのは、新潮文庫の『山椒魚』だと思うが、残念ながらそこには、この岩波文庫収録の「鯉」や「遥拝隊長」は収録されていない。勿論、岩波文庫にはない短編も新潮文庫には収録されていたりするのだが。
他の文庫になると、やや高くなる。本当は、そんなに長いものではないのだから、新潮文庫や岩波文庫でもう少し載せても良いように思うのだけれど。
「山椒魚」や「屋根の上のサワン」、「へんろう宿」といった収録作品が新潮文庫とかぶっているのが難点ではあるが、井伏作品が好きな人には「鯉」や「遥拝隊長」は外せないと思う。「丹下氏邸」なんかも、本書には収録されている。あまり高い本ではないので、新潮文庫を持っている人でも買って損はないはず。