思い出難民の寂寥
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町ごろし。田舎役人。恥知らず。過激な言葉の影にひそむ、故郷を失った寂寥感が痛いほど伝わってきました。大震災、太平洋戦争、東京オリンピック──幾度となく繰り返される町の破壊と再建は、東京をひどく歪な、暮らしにくい街へと変えてしまった。失ったものを嘆く事はしばしばネガティブな姿勢のように見なされがちですが、反省を欠く猛進がどんな結果を招くか、本書は静かな怒りと諦念をもって教えてくれます。
いつくしむ対象としての街
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「この本、買うの」と改装前の18森ビル地下一階の書店の主人にいわれたことを思い出す。平成三年、いまから15年前の東京にはまだ戦前が沢山残っていた。新宿駅新南口の先には、まさしく戦前と今が共存していた。行こう々々と思っているうちに再開発されてしまった。おそらくあれが最後の戦前だったかもしれない。欲望渦巻く東京かもしれないが、その裏ではフツーの人がフツーに暮らしている。観光地かもしれないが、住む町だ。喧騒も路地を入ると路地庭が広がっている。そんなところが東京。相容れないものを抱擁してくれる。いつだっていろんな意味で見るべき所はいたるところにある。そんなふうにおもう。
小林信彦氏の東京
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銀座、六本木、青山、渋谷など東京の盛り場と著者の関わりが綴られた本。江戸時代から続く東京の和菓子屋に生まれた著者が描く東京には、こちらもつらくなるほどの悲しみと怒りが漂っていることがある。しかし同時に驚異的な記憶力による精緻な描写は、東京の持つ多様さや奥深さを感じることができて、読む者を豊かな気持ちにする。現在とは異なる東京の距離感覚に関する認識や、さまざまな失われたものを丹念に拾っていくような姿勢が具現化された仕事は、非常に貴重であると敬服する。