すべての行為は政治的ではあるが、人は何かをせずにはいられない
★★★★☆
この本から、テキスト的な知識を求めてはいけない。トラウマに関する書籍もまた、医療人類学に関する書籍も多く、何かを学ぼうとする者は、もっと基礎的なテキストから入って欲しい。本書は、初心者向けではなく、少なくとも文化人類学が現在置かれている問題を知悉しつつ、それに悩む者を対象にしている。エッセイではあるが考えさせられる。
確かに、すべての行為は政治的ではあろうが、しかし、人は何かをせずにはいられないのだ。
身動きが取れない逆転移
★★★★☆
トラウマ治療では単に優しく接するだけことたりるものではない。このような状況の中で
、どうすれば良いのかといった答えが一つ明確にあるわけではないことは当然である。安
易な答えを求めることは無意味だが、しかし、治療者としてどのようにしても被害者を傷
つけてしまうという無力感は強く、何もできず、身動きが取れないという絶望感に、本書
を読んでいると陥ってしまう。逆転移から理解すると、この無力感や身動きのとれなさは
まさに被害者の体験そのものであると言えるのだが、本書のインパクトある口調を前にす
ると、その逆転移理解すらも薄っぺらく、情緒を排除するための知性化にしか思えなくな
ってしまう。
また、この状況で治療者として被害者に関わることが、一見すると治療だが、実はそれが
暴力的に作用するということもまたあるのかもしれない。というのも、どういう治療を行
うのかにもよるが、基本的に治療は侵襲的なものである。単に癒しがあるとか、すべて丸
く収まるものであると楽観的に言うことはできない。このような中で治療すること自体が
トラウマの再演になる可能性は大いにある。被害者も意識的に傷つくために行動しようと
いうことはないだろうが、無意識的にトラウマを反復したり、罰を進んで受けようとする
ことがある。これらのことを見ると、フロイトの死の本能を連想してしまうこともある。
しかし、反対に反復することは、それを乗り越えようとする動機であるとも言うことがで
き、健康さのあらわれだと理解することもできるかもしれない。このような中で、反復す
ることはダメとか、侵襲的にしないようにと考えるのではなく、そのような状況が治療の
中で起こっているのはどういうことなのかという意味について考え続ける必要があるかも
しれない。
スピリチュアルとはこの人
★★★★★
宮地尚子さんのこの本はすごい。この本は、トラウマということをめぐるさまざまな論考を集めたものであるが、彼女の問題意識の鋭さ、複雑性への目配り、繊細性、権力性、暴力性、立場性、当事者/非当事者性、加害者性、文化依存性、恣意性への自覚、つまり、「自覚的であること」、そうした全体における、高くスピリチュアルなレベルが如実に出ている。ジェンダーフリーへのバックラッシュがあるが、この宮地さんのレベルに触れれば、もう勝敗は明らかだろう。
彼女は複雑に思考する。めちゃめちゃバランスがいいから、あれもこれも見えて、考える。学問的な最低ラインは押さえた上で、あっちやこっちやから光を当てる。たとえば、途上国の人を「救う」ということの欺瞞を見たうえで、それでも行動するという無思慮の必要性にいたる。暴力被害者の複雑な心理を的確に言葉にできる。それは臨床で当事者に出会い、聞き続けてきたからだ。そしてサバイバーに感謝の念を感じる魂を持っている。この人は決して偉そうでないのだ。そのスタイル全体が、非暴力である。そしてその深さをスピリチュアルと私は呼ぶ。
著者の真摯な姿勢に好感を持ちました
★★★★★
どのように解決されるのか皆目検討もつかない、複雑にからみ合った問題を前にすると否認してその問題を存在しないことにしたり、考えたって仕方がないと諦めたりすることが多いと思いますが、著者はそれらの問題を正面から見据え、取り組んでいるように感じました。その真摯な姿勢に心をうたれました。
心とからだのつながりなど、これからの精神科医療が目を向けるべきことにも触れられていて非常に興味深く読みました。