中里氏の記述は、モデルの実装や運用に関わってきた人ならうなずける部分が多いと思われ、そうでない人にとっても現場の奮闘ぶりが伝わってきて興味深い内容です。
また、大野氏の記述では、中里氏の最先端の仕事を踏まえて、より大局的な考察がなされています。金融技術者の方々はともすれば視野が狭くなりがちだと思うのですが、大野氏の巨視的な視点には学ぶべき事が多いのではないでしょうか。
私自身は、終盤のシラー教授の引用、そして、金融工学が「目を経済社会問題等のより大きな課題に向けるべき」という大野氏の提言に目から鱗が落ち、これからも頑張っていこうという意欲を頂きました。
数式はなく、日本語で説明されており、”金融の最先端”にありがちな数的証明はない。とはいえ、私の知識不足で理解が難しい面は相当あった。
しかし、金融工学の経験・視点からの比喩表現や洞察は、その他の事象にも有用な新たな視点を提供してくれる。特に、信用リスク評価に対する金融工学の限界は、与信行為を行う金融・商社に限らず、全業界に示唆をもたらすだろう。
経済学と経済、経営学と経営が違うように、金融工学と”金融技術”もまた違うのだと改めて感じる。
日本が自信を失ってしまったとされる中で、金融工学ではなく”金融技術”と表現する現場出身の著者達の言葉に重みを感じると共に、日本の”技術”力に希望を感じた。
全篇にわたって、ドラッガーような実践に基づく結論と洞察に満ちており、前々作(金融常識革命:大野)からの意見でもある「資金不足時代から資金余剰時代に変化したことへの認識と対応の不足」に対するマクロ政策の項では、長期不況の本質に迫り、我が国の向かうべき姿を金融的視点で述べている。
読後、リスクと信用の本質に興味が沸いた。
忙しさを言い訳に読めないでいた、「新しい金融論―信用と情報の経済学」J・E・スティグリッツ、「リスク」ピーター・バーンスタインを読みたいと思う。