生誕百年を迎える今年、黒澤さんに何度目かの脚光が浴びせられている。出版も盛んだ。その中で本書は、読み応えもあるし、丁寧に入門編〜中級までを確実におさえる体系的な作りである。

個人的には、黒澤さんの人生と、その作品の観賞ガイド的な本としては、黒澤明研究会による「黒澤明　夢のあしあと」が写真等も豊富で見やすいのでナンバー１と思っているが、対して本書は文章でしっかりとボリュームたっぷりの記述をし、また既存スチール写真に加え未公開の写真多数を掲載している点が評価できる。

最初に黒澤さんの人生をポイントを押さえて振り返った後に、全３０作品を振り返っていく。狙い、内容、反響という流れの中に、特に特筆すべき黒澤さんの拘りポイントの丁寧な説明も入る。例えば「天国と地獄」の中では、特急こだまの中での撮影場面を、カメラ位置を列車構造図に書き込む形で説明してくれていて非常に分りやすい。

著者には、「黒沢明『一作一生』全三十作品」という著作が過去にあり、同種とはいえるが、決してその増補改訂版ではない。記述のボリューム、情報量が決定的に違い、本書の充実ぶりは素晴らしいと思う。作品単位に黒澤さんの魅力をこれまでも平易な記述で紹介されてこられた著者の、総決算といえる１冊だと思う。