好悪が別れる所だが、神秘主義に興味のある方には好適かも
★★★☆☆
「白魔」、「生活のかけら」、そして三つの短編から成る「「翡翠の飾り」より」の中編三作を収めた作品。私はマッケンは初読。
タイトル作「白魔」は、人間の認識を超えた「悪魔的なもの」を信奉する男が、ある少女が綴った神秘的・呪術的な日記を披瀝するという一風変わった物語。中世からの錬金術思想とラヴクラフト的世界を組合わせた様な作品。日記の内容には何らの具体性や寓話性がなく、好む人だけが好むと言った風だが、作者が固執した独自の作風なのだと思う。
「生活のかけら」は一転、親戚からの寄贈金の内、10ポンドの使い道に悩む愛し合う若夫婦の姿を描いた一見普通の家庭小説。家具や置物や窯などの細かい金額が逐一並べられるのが可笑しい。しかし、夫はこうした現実的な日常を"死"と見ており、狂気・幻影こそ"生"と捉えている。飽くまで現実的な妻と"神秘の世界"の中で生きる夫。二人が交わす会話の微妙なズレが不気味な雰囲気を醸し出す。夫は妻を"神秘の女王"と崇拝して、不条理な現実に対応して行こうとするが、その神秘嗜好は益々高まり...。随分捻った設定だが、家庭小説の体裁を装った神秘主義小説と言うべきだろう。物語の後半は上述の「白魔」と似た内容となる。
「「翡翠の飾り」より」は、五感を超えた神秘の世界、秘蹟、太古からの森と言ったものを幻想的に描いたもの。
好悪が別れるであろうが、作者の持ち味が出た作品なのだと思う。神秘主義に興味のある方には好適かもしれない。
わたしに最高の恐怖を体験させた傑作
★★★★★
本書にはゾンビが沢山登場する。
というのも、主人公の描写をよく読んで欲しい。ゾンビだということがよくわかるだろうから。
ある行に、「腐った肉がだらんと垂れ下がった」という描写がある。この傑作の恐怖はそこで頂点に達する。
かのラヴクラフトに「生きていてよかった、こんな素晴らしい傑作を読めるとはわたしも幸せだ」と言わしめた最高のホラー小説にして最高の小説!
平凡な日常を離れて懐かしい芳香漂う妖魔(あやかし)の世界へと誘われます。
★★★★★
19世紀末から20世紀初にかけて活躍した英国怪奇幻想文学の巨匠マッケンの代表的中短編5編を集成するオリジナル傑作集です。怪奇幻想小説の出来不出来を判断する評価基準は当然読み手をどれだけ怖がらせてくれるかという点にあると思いますが、私が感じた本書の魅力は読者を震え戦かせる恐怖にはなく、先にどんな無残な結末が待っていようとも怖れる事なく妖しい期待に心惹かれて平凡な日常から懐かしい芳香漂う妖魔(あやかし)の世界へと誘われて行く何処か魅惑的な憧れの想いにあると感じました。
表題作『白魔』緑色の手帳に記された少女の手記が、森の中で遭遇した奇妙で妖しげな「白い人」に魅せられ導かれて行く物語を語ります。しばしば「アクロ文字」「カイアン語」「クシュー言葉」「邪悪なヴーア」といった謎めいた語句や意味不明な風景描写が出て来て物語の全てを完全に理解するのは不可能ではありますが不思議と大きな不満は感じずに読み進められ、中盤の乳母が少女に教えてくれた魔女のお姫さまが人形を使って悪事を為す物語などは恐怖童話の魅力に溢れていて後々まで忘れ難く記憶に残ります。『生活のかけら』ロンドンの銀行に勤め平凡な毎日を送る男が遺贈した10ポンドの使い道について妻と議論する日常生活に倦み疲れ、やがてウェールズの田舎の古い記憶が心に甦り次第に本来の自分を取り戻して行く。主人公が6月の夜中に外を眺めて秧鶏(くいな)や夜鷹や夜鶯(ナイチンゲール)の啼き声に耳を傾ける場面や計画の上で夜中の三時に起き出しロンドンを彷徨い歩き奇妙な道を辿る場面は、日々の仕事に忙殺されながら諦めている私達の心に束の間の安らぎと喜びを呼び起こし深い共感の念を抱かせてくれます。
本書は幻想の世界に戯れる全くの絵空事で現実的な書物ではありませんが、心が疲れてしまった時にもう一度読み返したい普遍的で貴重な一冊として大切にしたいと思います。