怪奇小説入門の一冊
★★★★★
平井呈一が亡くなられてもう既に長いことになりますが、英米の怪奇小説のアンソロジーをこのように残していただいてありがたく思います。
有名なものから、ちょっとマニア向けのものまで、十分満足できるシリーズです。
できればもっと紹介・翻訳していただきたかったと思います。
怪奇小説が初めてな方にも
★★★★★
阿刀田高「冷蔵庫より愛をこめて」の「恐怖の研究」を見て、「猿の手」が載っている本を
探していてこの本に辿り着きました。
他の作品も非常に面白かったです!
目次が無い様なので、書いておきます。
幽霊屋敷 :ブルワー・リットン
エドマンド・オーム卿 :ヘンリー・ジェイムズ
ポインター氏の日録 :M・R・ジェイムズ
猿の手 :W・W・ジェイコブズ
パンの大神 :アーサー・マッケン
いも虫 :E・F・ベンスン 私はこれが一番好きだ
秘書奇譚 :アルジャーノン・ブラックウッド
炎天 :W・F・ハーヴァー
緑茶 :J・S・レ・ファニュ
平井呈一による訳文の魅力。
★★★★★
選りすぐりのホラーの名篇ばかりを集めたラインナップもさることながら、平井呈一の実に個性的な訳も面白い。
中でも圧巻なのは、A・ブラックウッド「秘書奇譚」。
訳者もこの一篇には他の作品にも増して、凝りに凝った姿勢で臨んだに違いない。なんといっても、これだけの面子の中から「A・ブラックウッド他」とするほどの入れ込みようなんだから。
この平井訳を読むと、原文が気になる。実に気になる。例えば、次の二箇所。
「社長はその間に、さがしていた書類を見つけだした。見つけた書類を小手にかざし、右手の甲でそいつをポンポンとたたいたところは、さしずめまず、その書類が舞台で使う小道具の手紙で、ご主人は赤ッ面の悪役になりすました……という見得である」
(311ページ)
「むかしはシカゴで、なんのなにがし殿とはばをきかしたジョエル・ガーヴィーが、みずから選んで居を卜したところは、ナント見る影もない荒涼たる寒村で、とりわけその日はふだんよりも、あたりの景は蕭殺たるものを見せていた。(中略)その木立の根方を寒々とした青い刈草で巻いてあるのが、まるでしおたれた土左衛門に薦をかけたようだった」
(316ページ)
「ねぇ、平井先生、これ一体、原文ではどう書いてあったんですか?」
なんだかもう、思わずそう尋ねたくなってしまう。
そして、この訳文が、作品のその内容を大きく活かすものにもなっているのがなんともスゴイ。
何故かといえば、この話の謎解きというかネタの割れ方というか、その抜けぬけとした馬鹿馬鹿しさというのはそれこそ、一部の歌舞伎狂言------例えば歌舞伎十八番の『毛抜』------と同じくらい強烈な代物だから。その印象に、この訳は実によく似合う。
こういった具合で、ただ奇をてらったり、趣味に走ったのではなく、作品に合わせてそれぞれ訳の調子が少しずつ違う。
うーん、平井呈一というのはえらい人だったんだなぁ。