男女を問わない「鉄」の世界を拡げてくれた好エッセイ !
★★★★☆
「女子鉄」がこうした本を堂々と出せる世の中になって嬉しく思う。「女子」から見た「鉄」観が窺えて面白い。「負け犬の遠吠え」を読んでも分かる通り、著者は執筆する上での立ち位置の取り方が巧みで、本書も控えめな態度(こんな事しちゃうと、「鉄」の風上にも置けないけど...と言った風)で全編綴られているので、ホノボノとした味わいがある。著者が意識したか否か不明だが、百ケン先生「阿房列車」の様な味がある。
しかし、「女子鉄」って男と違う。「列車に乗ったらすぐに眠りに落ちる」って、それはないでしょう。列車に乗ったら、列車内(特に運転席と車両連結部)を隅々まで探検し、車窓の景色や駅弁を楽しむのが普通の「鉄」。だが著者は列車に対して、全てを委ねられる母性を感じている様だ。始発駅で乗ったら、黙っていても目的地に連れて行ってくれる安心出来る乗り物。「列車内=母胎」のイメージだ。男には無い発想で、著者に対しても温もりと母性を感じた。また、女性専用車両や痴漢について論じている点はやはり女性らしい。これも、愛する列車に不快を感じる事なく、安心して乗りたいとの思いだろう。
一方、共通する点もある。列車の「顔」の美を論じている点だ。列車は全体のフォルムも重要だが、何と言っても最重要なのは「顔」である。必ずしも最新型の流線形の「顔」が良いとは言い切れない。この辺を男女の区別なく論じられたら楽しいと思う。男女を問わない「鉄」の世界を拡げてくれた好エッセイだと感じた。
鉄の道いろいろ
★★★★★
鉄道は楽しい。その前提が共有できないと、どうしようもないのだけど。
日常的な通勤通学で乗るとき、旅に出たとき、鉄道は単なる手段である以上の何かプラスアルファを乗り手に与えてくれる。ただ、その楽しみを感じる同好の士であっても、その楽しみ方はいろいろある。
鉄道旅を満喫する酒井さんの旅も、そのいろいろの中の一つ。車窓からの眺めを何よりも楽しみにする私からすれば、車中で眠りこけるというのはなかなか信じがたい(でもまあ、睡魔に襲われたときには必死に抵抗する私のほうが、行動としてはアホかも知れぬ)。
乗りつぶしのようなマニアックな行為だけでなく、駅弁などにもあまり興味を示さない一方で、それ目的に行かないと普通は乗るはずもない韓国の嶺東線に乗った経験もさらっと書いているなど、別の面でのマニアぶりはなかなかどうして大したもの。「鉄ヲタ」と言われる人が通常とりそうな行動とのギャップを楽しむように読めば、この本は鉄道の楽しみ方を広げてくれるかも。
女性の鉄
★★★★☆
2006年に出た単行本の文庫化。
酒井さんは宮脇俊三さんの本を読んだりして、高校卒業くらいからひっそりと「鉄」をやっていたのだという。鉄道マニアのほとんどは男性なので、こうした女性の目から見た「鉄」的世界には、思いがけない視点があり、楽しく読ませてもらった。
内容は、鉄道に目覚めた頃の思い出、全国鉄道乗り廻り、鉄道グッズについて、SUICAのペンギンについてなど多様。乗車記としてはやや物足りない面もあるが、男性「鉄」を客観的・批判的に見ているので、こちらとしても反省させられる。
最近では女性の「鉄」も見かけることがあるので、本書の内容を反芻しながら、逆に観察してみたいと思う。
茶道,華道,鉄道
★★★★☆
この本の帯に書いてある「茶道,華道,鉄道!」というキャッチフレーズがまず面白い。
鉄道の「道」って,そういう意味だったんだ・・・?
内容的には,筆者が楽しくあちこちの鉄道に乗るさまを
思いつくまま描いたといった感じで,
マニアックでもなく知識披露的でもないので,気軽であるが,
わざわざ1300円支払って買う価値があるのかと疑問が生じなくもない。
まあ,エッセイとはそうしたものかもしれないと割り切り,
友達と昼下がりに雑談でもするような気分で読むとよいのであろう。
ただバカにしちゃいけないのは,つらつら書いているようでいて,
女子の乗り鉄の気持ちをよく表しているということである。
男性テッチャンたちは,
女子鉄に対しても容赦なくマニアックな話を持ちかけがちである。
しかし,好きな対象は同じ鉄道でも,女子鉄は,
取り組みも気持ちのもちようも全く男子と違うらしい
ということをこれを読むとよく分かると思う。
なんせ,この筆者,憧れの鉄道に乗る!と言って,
お菓子やおにぎりを買い込んでワクワクと乗り込むものの
特段,車両を観察したり,その路線の歴史を思って感慨にふけるでもなく
ただ寝てるんですから。
鉄道に関する「微妙な感情」を言葉に
★★★★★
女子の鉄道ファン向けなのだろうけれど、ライトな男性「鉄」にとっても非常に楽しいエッセイだった。
本書の一番の読みどころは、鉄道に対する微妙な感情を、うまく言葉にしてくれているところ。まさにエッセイストの本領発揮だ。
たとえば、鉄道には「目的地まで勝手に連れて行ってくれるという安心感がある」という視点。
夜行列車に乗り込んだときのあのほっとした感覚のウラには、そんな感情があったのだなぁと強く共感した。
他にも、東京モノレールの相対的な価値の低下とか、雪深い山の中からほんの十数分で都市についてしまうことの不思議さとか(奥羽本線の話)、あちこちに「ああ、そうそう」という箇所が満載。
どんな風景描写よりも、この心理描写の巧みさが「旅気分」を高めてくれる。
濃いファンは濃いなりに、ライトなファンはあくまで軽くと、本来鉄道は間口の広いもののはず。
それを非常にわかりやすい形で伝えてくれる本だ。
もっとも、夜行で九州に行き、その日にまた夜行で帰ってくるなんてことをしている著者も、十分「濃い」気がするが・・・。