都市に住む「記憶」、意図的なものを崩しても残る手ごたえを求めて
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「まさか、あなたの記憶が何の意味もないなんて…」という一文で『古都』は始まる。台北と京都、現在と過去、様々な位相を往還しながら、都市に根付く人々の想いとその断絶の哀しみとがつづられた小説である。
台北の街並みは緻密に写し取られ、とりわけ草花の描写には匂い立つような感じすらさせるが、それはいわゆる具体性、リアリティーとはちょっと違う。現在の町名と日本統治時代の町名とが混ぜこぜになった語り口に、取っ掛かりのつかめない戸惑いをまず覚えた。しかし、ぺダンチックなまでにふんだんな引用も合わせ、読み進めていくうちに、現実と幻とがめくるめく転変するような、“読む”という意識を崩すある種の混濁状態に招き寄せられる。“記憶”といわれるものの根幹は、明確な形をとらなくても、それでもなおかつ手応えとして残る確かさにあるのか、そんな思いを読後にかみしめた。
都市の記憶をめぐる旅
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表題作は、まずその多層性に舌を巻いた。台北と京都という空間的な重なり合いとともに、それぞれの都市の歴史、いわば都市の記憶が、二人称の魅惑的な語り口のうちに呼び起こされる。読者は、政治や社会や時間の変化の侵食のうちに埋もれ、忘れ去られようとしている記憶そのものの引き裂かれた静かな叫びに耳を澄ますことになる。付録の、日本植民地時代と現在の二つの台北の地図を仲立ちにして、「あの日あの時」の一瞬一瞬の都市の光景が、分岐し合流しながら、時間の底に横たわる幻想的な都市の姿を目の当たりにさせるだろう。そこには、高まる台湾ナショナリズムに対して、より個人的な記憶を遡ることで、多様な歴史の語る声との対話をし、真のアイデンティティを獲得しようとする作者の試みがある。都市の光景や宝石、匂いなどをてがかりに、より深く広い記憶をたぐりよせようとする作品五編を収めている。