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真相 (上)―“切り裂きジャック”は誰なのか?

価格: ¥790
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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 「検視官」シリーズのパトリシア・コーンウェルが、新たな分野を開拓した。テーマは、ビクトリア朝末期の伝説的な猟奇殺人犯である「切り裂きジャック」。これまで浮かび上がった何人もの「容疑者」のなかから、イギリス美術界で重要な位置を占める印象派画家ウォルター・シッカートを真犯人であると名指し、科学捜査と膨大な資料の分析によって、立証しようとした意欲作だ。

   圧倒されるのは、この1冊に費やされた時間とお金、人材だ。訳者あとがきによると、調査に7億円が投じられたらしいが、小説とは違って、資料を手に入れる過程や、最先端の科学技術による分析が報告されるので、そのスケールの大きさにただただ驚くばかり。さすが、執筆のアドバンスに10億円以上が支払われる人気作家だけのことはある。

   DNA鑑定や紙の分析、コンピュータによる画像処理、筆跡やシッカートの絵画の細かな検証。切り裂きジャックの研究家はさぞやワクワクすると思われるが、なにせ事件は1世紀以上も前の外国でのことなので、一般読者はどうしてもこのくだりでは、「へえ、そうなのか」と受け身に終わってしまう。だが、著者は不満かもしれないが、研究家でない読者にとってのおもしろさは別のところにある。切り裂きジャックが暗躍したロンドンの貧民街の描写(エレファント・マンも出てくる)や、当時の犯罪捜査のあり方、犠牲者の傷などからの犯行の再現、科学捜査の発達史などの部分が、小説に負けず劣らず、読むのがやめられなくなるほど興味深い。コーンウェルはまた、シッカートの生い立ちや生涯を丹念に追って、快楽殺人に向かう人間像を浮かび上がらせる。著者ならではの豊富な知識、巧みな展開と描写力、そして「切り裂きジャック」への、なみなみならぬ情熱が合体した力作だ。

   ただ、犯人としたシッカート周辺の登場人物が多く、時間も場所もあちこちに飛ぶ。簡単な人物関係図があれば、役立ったかもしれない。(小林千枝子)